ドル円上昇が示す世界的倒産ラッシュの可能性

新型コロナウィルス肺炎で株安となるなか、ドルの動きが怪しくなってきている。最近のドル円下落に理由があればその後のドル円上昇にも理由があり、しかもそれは世界的な金融危機を示唆するものである可能性がある。やや緊急になるが、迅速に考えをシェアしたい。

先ずはドル円のチャートを掲載しよう。ドル円は2月から3月にかけて大きく下落した後、急反発した。行って戻ってきたということである。

このドルの奇妙な動きはドル円に限ったものではなく、例えばユーロドルも同じ動きになっている。ただしドル円とは向きが逆で、下方向がドル高である。

しかも円とユーロはこれでも落ち着いている方であり、例えばポンドドルは大きくポンド安に振れている。

世界的にドルが上昇しているのである。

世界的なドル高の理由

では何故ドルが上昇しているのか。この理由がどうもかなり深刻なもののようである。

まず、新型コロナウィルス肺炎で経済に何が起きているかと言えば、多くの企業にとっての売上の短期的激減である。ヨーロッパでは外出禁止となっている国も多く、そうした国ではほとんどの店舗は閉鎖されている。

当然ながらそうした店舗では売上がなくなるが、これは大企業であっても例外ではない。例えば航空業界は深刻な影響を受けており、アメリカでは航空会社の団体がアメリカ政府に大して580億ドルの支援を求めた。また、航空機が飛ばなくなって原油が暴落しているため、アメリカのシェールオイル大手Chesapeake Energyはついに債務整理アドバイザーと話をし始めている。世界的にビジネスが立ち行かなくなっている中で、倒産の危機にあるのは恐らくこれらの企業だけではないだろう。

こうした流れが債券市場に逆風を吹かせているのである。企業の資金繰り悪化を懸念した貸し手は融資を拒むようになり、債券価格は下落、金利は上昇する。より高い金利を払わなければお金を借りられなくなっているのである。

この状況で筆者を驚かせているのは、株安にもかかわらずアメリカの長期金利が上昇していることである。長期金利とは10年物国債の金利なので、債券のなかで一番信用度の高いはずの政府の債券でさえ下落に巻き込まれているということである。これは2008年のリーマンショックの時でさえ起こらなかったことであり、債券の専門家にはこれがどれほど危機的状態かが分かってもらえるだろう。

このような状況では、政府よりも信用の低い企業がお金を借りられないのは当然ということになる。そして問題はドル建てでお金を借りている企業が世界中にあるということである。

金利上昇とドル高のスパイラル

新型ウィルスで売上の見通しが立たなくなるなか金利が上昇し、財政の悪化した企業は以前のような低金利ではお金が借りられなくなっている。これまでであれば債務の期限が来ればもう一度低金利で借りていれば良かったが、今では高い金利を払わなければお金を貸してもらえなくなっている。

それだけでも問題だが、一番の問題はアメリカ国外にドル建てでお金を借りている企業がたくさんあるということである。そうした企業はどうするか? ドル建て債務を返済せざるを得なくなる。彼らは普段は現地通貨しか持っていないので、ドルを返済する時にはドルを為替市場で買って返済することになる。

もう読者もお気づきだろう。ドル債務返済のためのドル買いがドルを上昇させ、ドルが上がると今度はドル建て債務の額そのものが増大する。そうしてドル建て債務が返せなくなった企業が更に財政を悪化させ、金利が上昇する。そうすると更に多くの企業がドル建て債務の返済を強いられる。金利上昇とドル高のスパイラルである。

ドル円はどうなるか

ドル円はどうなるだろうか。こうした状況は2008年にもあった。しかしそれは暴落の主因ではなかった。当時の問題の根源はあくまでアメリカの住宅バブルとそれに関連する証券化商品を保有していた銀行の問題であり、脆弱な財政の企業の問題は脇役に過ぎなかった。

ドルでお金を借りている企業の他に低金利通貨である円でお金を借りている企業もあり、2008年には後者が勝ったため、ドル円は大幅に円高に動いた。

しかし今回は新型ウィルスによってそうした企業の財務が悪化していることが世界経済にとって一番の問題であり、ドル返済によるドル高の動きにリスクオフの円高が勝てない可能性がある。

キーとなるのはアメリカ実質金利の動きである。通常の状態ではドル円はアメリカの実質金利に連動して動いている。実質金利が上昇すればドルに資金が集まり、ドル円が上昇するということである。現在のアメリカ実質金利とドル円のチャートは次のようになっている。

下落相場では普通は金融緩和によって金利は低下するが、暴落になると金利からインフレ率を差し引いた数字である実質金利は上昇する。市場がデフレを懸念し始めるからである。

2008年には実質金利が暴騰したが、円を返済する動きが勝ったためにドル円は円高で動いた。しかし今回はどうなるだろうか。ドル返済の動きが市場の主要な動因であれば、ドル高がこのまま円に限らず世界的にバブルとなってゆくだろう。2008年の実質金利が天井知らずに上がったのと同じように、ドル円が当時と違って実質金利上昇とドル高に従うのであれば、ドル円も例外とはならない可能性がある。

個人的には2008年と同じドル円下落シナリオを支持していたが、これを撤回しようと思う。2018年に112円台で開始したドル円の空売りポジションはすべて撤収する。

理由はドル円の上昇を予想するからではなく、上げ要因と下げ要因が入り混じってきたからである。

予想的な世界的な倒産ラッシュ

この記事で話したことには世界経済にとって致命的な話が2つある。先ずは株式の下落相場でアメリカの実質金利が上昇していること(これは下落が暴落に移行したサインである)、そして暴落相場であるにもかかわらずドル円が上昇していることである。

新型ウィルスで債務を返済できなくなった企業が世界中で次々に倒産し、彼らが必死にドルを買い集める買い圧力がドルを理論的に説明不能な水準にまで上昇させる可能性がある。それが世界中のドル建て債務を更に圧迫してゆく。最後の砦であるはずのアメリカの国債が下落しているというのはそういう危機的状況なのである。

このスパイラルは世界経済を破壊する可能性があるが、それが何処まで進むかは新型ウィルスの流行がいつまで続くかということになる。この不条理な荒れ相場で唯一明快な羅針盤となってくれるのは各国の感染者数の統計である。

この記事を書いて数日となるが、ヨーロッパの流行状況はあまり改善していない。ヨーロッパでのピークはまだもう少し後ということになる。アメリカではその更に後だろう。

あらゆる資産価格が不合理な動きを見せる中、感染者数の統計ははっきりとした状況を示してくれる。感染者数が増加から減少に転換する時、この不合理な相場が新たな動きを見せるだろう。

その瞬間は投資家にとって千載一遇のチャンスである。例えば原油価格はもはや完全に不合理で維持不能な水準にまで下がっている。

しかし投資家はまず感染者数の転換を待たなければならない。これはBridgewaterのレイ・ダリオ氏が2月の始めに既に予言していたことである。

一般的にはこうした一生に一度のレベルの災害はまず最初に過小評価され、そして状況が進むにつれて過大評価される。そしていずれファンダメンタルズが逆回転し始める(例えばウィルス感染が拡大から縮小になる)。

だから注意を向けなければならないのは何が実際に起っているのか、人々が何を信じていて何が資産価格に織り込まれているのか、そして状況の反転を示唆する指標である。

こうした先見の明にもかかわらずこれまでの相場で損を出した彼もその瞬間を冷静に狙っていることだろう。2018年もそうだったように、彼は迅速に頭を切り替えることのできる投資家である。