7月末のFOMC会合以来株式市場が荒れており、リスクオフの流れからゴールドが買われている。アメリカが利下げに動いたこと、市場が既に今後の利下げを織り込んでいることから、金融緩和を期待した投資家がゴールドを買っているのである。
ゴールドの買いは世界最大のヘッジファンド運用者レイ・ダリオ氏なども推奨しており、ポートフォリオのバランスを取る上で悪くはない選択肢だとは思う。
一方で、金の買いには1つだけ落とし穴がある。今回の記事ではそれを指摘しておきたい。
実質金利低下でゴールド上昇
先ずは基本的な話から始めるが、現在の相場で金価格を左右する最大の要因はアメリカの実質金利である。ゴールドは債券や株式のような投資対象として見られているため、投資家は預金や他の投資に比べて金投資が魅力的かどうかを判断することになる。
したがってドルの金利が上がれば上がるほど投資家はゴールドではなく預金や国債の買いに走るようになり、逆に金利が下がればインフレ分の目減りをヘッジできるゴールドの魅力が上がるのである。
結果として、次のチャートのようにドル建て金価格とアメリカの実質長期金利は逆相関の関係となる。
短期的に反相関に動かないことがあっても、中長期的には綺麗な反相関関係を維持している。やや金価格が右肩上がりになっているのはインフレによる金の値上がり分である。
金価格は現在1,400ドル台半ばまで上がっているが、それは実質金利が0.2%近辺まで低下したためであり、これまでの動きは市場の混乱でゴールドに資金が殺到したと言うよりはセオリー通りということになる。
では、このままリスクオフが進めば金価格は上がり続けるのだろうか? それは必ずしも正しくない。2008年のリーマンショックでは実際に金価格は暴落しているからである。
金価格上昇予想の落とし穴とは
2008年には金価格はどうなっただろうか。リーマンショック時の金価格と実質金利のチャートを持ち出してみよう。
金は一時1,000ドルを超える水準まで上昇し、そこから700ドルまで30%も暴落している。
何が起こったかはここまで読んだ読者には説明不要だろう。チャートを見ての通りリーマンショックでは実質金利が上昇したため、反相関関係にある金価格が暴落したのである。
問題はリスクオフで実質金利が暴騰した理由だが、それは金融危機によって期待インフレ率が暴落したからである。そもそも実質金利とは名目金利からインフレ率を引いたものである。
- 実質金利 = 名目金利 – インフレ率
つまり、リスクオフで名目金利が下がったとしてもインフレ率がそれ以上に下がれば実質金利は上がってしまうのである。2008年にはインフレ率は2.5%から0%まで2.5%も急落した。その間長期金利の下落がそれに追いつかなかったため、実質金利は金融危機で上昇したのである。
金価格はその後の金融緩和と期待インフレ率の立ち直りから長期の上昇相場へと入ってゆくのだが、一時とはいえ30%のドローダウンは投資家としてはなかなか受け入れがたいものがあるだろう。
結論としては、金価格は期待インフレ率が安定している限りはリスクオフで上昇するが、市場の混乱が実体経済に本格的に悪影響を及ぼし始めると下落してしまうということである。
金の買いとドル円の売り
ではこういう状況では投資家はどうすれば良いのかだが、筆者の選択はドル円の売りである。ドル円の売りもゴールドの買いと同様にドルの実質金利の低下に恩恵を受けるポジションだが、ドル円の売りはリーマンショックにおいても有効なのである。同時期のチャートを見てみよう。
ドル円のチャートは基本的には実質金利と順相関になる。ドルの金利が上がればドルも上がるからである。だからドル円の売りとゴールドの買いは似たポジションなのだが、金融危機的状況においては異なる。2008年だけ実質金利とドル円は逆相関になっている。
これは、金融危機においてはファンダメンタルズの理屈(ドルの金利が上がればドル買い)よりも投資家の手仕舞いの方が強力なトレンドとなるからである。
通常の状態では機関投資家のポジションは低金利通貨の売り、高金利通貨の買いとなっているが、世界中の投資家がポジションを手仕舞い始めるとこのトレンドが逆転し、高金利通貨の売り、低金利通貨の買いとなる。その結果2008年にはドルの実質金利高にもかかわらずドル円は下落した。円キャリートレードの巻き戻しと言われる現象である。
結論
よって、市場の混乱が金融市場に留まる場合は金投資は有力なポジションになるが、それが実体経済にまで及ぶ場合には注意が必要となるだろう。
アメリカの中央銀行が株価バブル崩壊のリスクに気付き始めたため、世界同時株安がそこまでの規模になる可能性は減少したが、一方でドル円の売りの場合はそもそもそういう心配がない。どちらの場合も安心ということであり、それが筆者がドル円の売りを選んでいる理由である。ドルは今日も下がっている。
ドル円を巡る最近の状況については前回の記事を参照してほしい。去年の株安に引き続き、ドル円の下落についてもいつも通り事前に説明している。