ジョージ・ソロス氏のクォンタム・ファンドを率い、1992年のポンド危機においてポンドの空売りで儲けたことで有名なスタンレー・ドラッケンミラー氏がアレキサンダー・ハミルトン賞の授賞式でスピーチ(原文英語)をした。この中で彼は中国経済の先行きについて語っている。アメリカの金融引き締めで中国株が暴落するなか、ドラッケンミラー氏の見方を紹介したい。
スタンレー・ドラッケンミラー氏
ドラッケンミラー氏は大統領選挙でトランプ氏が勝利した直後に世界経済に強気転換し、アメリカの長期金利上昇などをいち早く予想し当てた投資家である。トランプ相場を当てた著名投資家としてはガントラック氏が有名だが、ドラッケンミラー氏はそれよりも早かった。
その彼が中国経済の先行きについて発言している。ここの読者は知っての通り、中国株はアメリカの金融引き締めで暴落している。以下は年始からの上海株価指数のチャートである。
高値から既に20%近く下落しているこのトレンドが今後も続くのかどうかを考える上で、ドラッケンミラー氏の発言は一助になるだろう。60代半ばのドラッケンミラー氏は次のように言う。
残念ながらわたしは十分に年寄りなので、次のようなことを実際に目にしてきた。ソビエト連邦が中央集権的な政治によって強力な経済を作り、そして崩壊した。日本は政府と系列企業が護送船団方式によってアメリカ経済を追い越すと言われていたが、その後失われた10年を経験し、それは結局20年になった。
そして今、中国がある。次は中国の番だ。中国は永世国家主席となった習近平氏のもと、2025年以降の経済の事まで中央集権的な政治によって決めようとしている。
この主張自体は真新しくはない。中国共産党が強権によって維持している中国の経済成長は続かないというものである。しかしドラッケンミラー氏の主張の本質をより深く探ることと、中国バブル崩壊などもはや誰も気にしていない今、この「常識」を思い出しておくことには意味がある。
先ずはドラッケンミラー氏の主張をより深く聞いてみたい。彼はアメリカのこれまでの経済成長の原因を理解しているために、それと真逆のことを行なっている中国経済が成功しないということを理解しているのである。
しかしそれでも、中央集権的な経済成長が続いている間は、アメリカの内部にもそれを羨む声が出る。ドラッケンミラー氏は次のように言う。
こうしたものを目にする度に、アメリカの一部の反自由主義的な国家権力主義者は外国政府のトップダウンのやり方に憧れてきた。
しかし彼はアメリカがそうではなかったために成長してきたと主張する。
アメリカに世界最高の企業が集まっているのは、教育と移民政策、金融、そして実力主義がすべて揃った結果だ。Amazonほど良い例があるだろうか? Amazonの創業者は移民の子であり、ビジネスのやり方に革命を起こしている。Amazonがアメリカにあるのは偶然ではない。外国政府がそれを羨むのも、既存勢力がAmazonを非難しながらやり方を真似ようとするのも当然だ。
ドラッケンミラー氏は、アメリカは自由主義によって繁栄してきたと言いたいのである。権力の強い政府が予算を割り振って経済を作るのではなく、実力主義によってのし上がったAmazonのような企業があるからこそ、アメリカ経済は日本やソ連のように頭打ちになることなく成長してきたのだということである。
負債で成長する中国バブル
ドラッケンミラー氏は市場に支配的なバイアスから離脱してものを考えることに定評がある。トランプ氏が大統領になれば株価は下落するという見方が主流だった頃に、ドラッケンミラー氏は経済に強気だった。日本のバブル崩壊も終わってみれば明らかだが、当時はあのジョージ・ソロス氏でさえも、日本政府が護送船団方式によってバブルを押さえ込み、世界一の経済大国になると信じていたのである。彼はバブル崩壊の直前、著書『ソロスの錬金術』で日本のバブルについてこう書いていた。
市場が暴落しそうになったとき、大蔵省から電話が入っただけで金融機関は姿勢を改めたのである。
もしこれが自由市場なら、すでに崩壊しているにちがいない。この規模のバブルが爆発することなく軟着陸に成功した例は過去にない。当局は日本の債券市場の暴落を防ぐことはできなかったものの、株の暴落を阻止することはできるかもしれない。
もし当局が成功すれば、史上初の出来事となる。つまり、金融市場が社会の利益のために操作される新しい時代の幕開けとなる。
しかし、そうはならなかった。何が言いたいのかと言えば、中国は日本と同じであり、そしてそうであれば、アメリカの金融引き締めが中国経済にとどめを刺す可能性をもう少し真剣に考えるべきではないかということである。
もう誰も中国バブル崩壊など心配していない。しかしアメリカの金融引き締めによって新興国からは確実に資金が流出しており、より重要なのは、中国経済が負債によって成長しているということである。誰もが知っているように、中国経済では政府も民間も債務が積み上がっている。そしてアメリカ主導で世界中の金利が上がるということは、負債の借り手にとっては借り入れコストが増大するということである。
中国共産党は必死に中国経済を維持しようとしているが、中国政府が負債を積み上げることで成長を維持して来られたのは、借り入れコストが安かったからである。それは先進国の量的緩和などによって中国を含む新興国に大量の資金が流れ込んでいたからである。
しかし、今やそれは逆流している。考えてみてほしいのだが、もし中国バブルが崩壊するとすれば、それはアメリカの強力な金融引き締め以外にその引き金を引くイベントがあるだろうか。
結論
リーマンショック後の不況を最初に暗示したのがアイスランドの破綻であったように、金融危機は市場の誰も気にしていないところから始まる。そして金融引き締めはあるが経済自体に問題などないと考えている今の市場にとっての盲点とは、中国経済ではないか。
誰もが怯えていたシャドーバンキングなどの問題は何処に行ったのか。誰もその話をしていない。跡形もなく消え去ったようである。
しかし、実際には問題は消えていない。市場の先行きに楽観している人々は、そういう問題は起こらず、アメリカが世界中から資金を引き揚げても中国経済は破綻しないと言うかもしれない。筆者はそうは思わないのである。
新版 ソロスの錬金術