2018年2月からの世界同時株安で、著名ファンドマネージャーは様々な反応を示している。一番目まぐるしいのは、年始の株高予想から大転換したBridgewaterのレイ・ダリオ氏だろう。
ダリオ氏は短期間で株の買い持ちから空売りへとポジションを大きく変えた。ヘッジファンドらしい動きである。しかしこういう状況でヘッジファンドらしくない動きを見せる著名投資家も居る。例えばジェイコブ・ロスチャイルド氏である。
ジェイコブ・ロスチャイルド氏
現在81歳のジェイコブ・ロスチャイルド氏はロンドン・ロスチャイルド家の当主であり、RIT Capital (LSE:RCP)の創業者である。因みにRIT Capitalはロンドン証券取引所に上場しており、日本人でも株を買うことが出来る。RIT Capitalの株価は次のように推移している。
このRIT Capitalのアニュアル・レポートにおいて、ロスチャイルド氏が現在の世界同時株安に対する投資戦略を少し述べているので、ここで紹介したい。
先ず、現時点における米国株のチャートを再掲載しておこう。
一旦反発した株価は再び下落することとなった。
Bridgewaterのダリオ氏は下落を受けて売り方に転向したようだが、ロスチャイルド氏は株の買い持ちを維持している。これは相場観の違いというよりは、投資方針の違いである。彼は次のように述べている。
執筆時点において、株式市場はボラティリティの上昇に見舞われており、RIT Capitalは現在の資産価格が今後のリスク要因を正しく織り込んだものなのかどうかを検証している。
これは戦後2番目の長さとなった現在の株式市場の上昇相場の終わりなのだろうか? いずれにしても、RIT Capitalは株主の資産を保全するという最優先目標に則り、状況次第で公開株への投資額が相当程度減少するという、投資信託らしくない投資戦略を続けてゆく。
しかしながら、株式市場への長期投資によって得られる利益に対するわれわれの信奉は揺らいでいない。
「株式市場への長期投資によって得られる利益に対する信奉」という部分に、RIT Capitalとヘッジファンドの大きな違いが現れているだろう。
ジョージ・ソロス氏がレバレッジを使って買いも売りも行う今日のヘッジファンドの先駆けとして台頭する前から存在しているRIT Capitalは、利益を求めてアクティブに投資をするいわゆるヘッジファンドではなく、投資家の資産保全を目的にした保守的な投資信託なのである。事実、RIT Capitalの投資方針は次の通りである。
RIT Capitalは上場銘柄、非上場銘柄にかかわらず様々なアセットクラスに広く分散された国際的なポートフォリオに投資を行う。
これは伝統的な意味での長期投資であり、ポンド危機において巨額の資金をポンド空売りに投じたソロス氏のようなヘッジファンドのスタイルとは異なる。だからロスチャイルド氏はこうした状況で株式への投資額を減らしはするものの、ゼロにしたり空売りしたりすることはないのである。
投資信託らしくない投資戦略
これは「株式は長期的には上昇する」という信条に賭けていることになる。その意味では、ロスチャイルド氏の投資方針はヘッジファンドよりもウォーレン・バフェット氏に近いと言えるかもしれない。
ただ、ロスチャイルド氏が「投資信託らしくない」と自分で言う通り、彼が行うのはヘッジファンドほどアクティブではないものの、伝統的な投資信託としてはアクティブな投資である。参考として、2017年の投資においては上場株式への投資額は資金全体の半分以下だったようである。
現在の市場にある様々なリスクを考慮し、2017年におけるRIT Capitalの上場株への投資額は平均して44%となった。
勿論、ロスチャイルド氏が株式市場に強気の時期にはこの数字はより大きくなる。株式市場に長期投資を行う一方で、自分の采配によって投資額を増やしたり減らしたりする。RIT Capitalの投資方針は、インデックス投資とヘッジファンドの投資戦略の間のようなものと言えるだろう。
結論
ロスチャイルド氏の投資方針は次の言葉に総括されている。
RIT Capitalは安全マージンを取ってなお魅力あると言える投資機会だけを選別して投資してゆく。こうした慎重な分散投資の方針によって、RIT Capitalは1988年以来、株式の上昇相場の75%と下落相場の39%に参加し、トータルで利益を上げてきたのだ。
長期的に株式市場に賭けるだけでも長期的には利益を上げられるかもしれないが、状況によって投資額を調整することでより魅力的なリターンを上げようというのが、ロスチャイルド氏の投資戦略である。
それでも長期的に株式市場に賭ける以上、短期的にはリーマンショックのような市場の暴落も経験せざるを得ない。多くのヘッジファンドマネージャーは、そのリスクが受け入れられないために買いと空売りの両方を行うのである。この意味では、インデックス投資はヘッジファンドよりもリスクが高いと言うことが出来る。
しかし、レイ・ダリオ氏が以前言っていた通り、それでも多くの個人投資家に向いているのはヘッジファンド的なアクティブ投資よりも、インデックス投資やロスチャイルド氏のような投資方針だろう。
投資家は分散されたバランスのよいポートフォリオを構成するべきだ。そして自分の投資判断で頻繁に売り買いを繰り返すべきではない。
短期売買をするということは、毎年何億ドルもの資金を費やして市場で勝負しているわれわれのような機関投資家を相手にポーカーをやるようなものだ。それが個人投資家の戦わなければならない相手なのだ。それは無理だ。そんなことをしてはいけない。
ここではグローバルマクロ系のヘッジファンドの観点から情報を提供しているが、しかしここの記事を読んでいるからといって、グローバルマクロ戦略で投資をしなければならないわけではないということを、たまには書いておきたいと思う。こういう時期だからこそ、自分の投資戦略を冷静に考えてみるのも良いのではないか。