ヘッジファンドや投資銀行などの機関投資家にとっても、空売りは買いより難しい。株式の場合、買いであれば理論的な底値があり、その水準に近づけば買いが正当化されるが、割高な株には天井がなく、バブルとなれば際限なく上昇してゆく。雑に言えば、「ここまでは下がらないだろう」は大体当たるが、「ここまでは上がらないだろう」は外れることも多いということである。
天井を予想することが難しいとすれば、ではどうやって空売りするのか? 本稿では機関投資家が空売りへの参入を考えるプロセスを説明する。
考えるべき4つの事項
機関投資家が空売りの戦略を建てる場合、考えなければならない事項はおおよそ次の通りである。
- どのようなシナリオで資産価格が下落してゆくか
- いつまで空売りしなければならないか
- 空売りが失敗した場合の最大損失額
- 成功した場合の利益
順に見ていこう。まずはシナリオである。
価格下落までのプロセスの予想をする
割高で取引されているものが、どのようにして適正価格以下まで下落してくるのか? そのためには、悪い決算や金融・財政政策の変更など、買い方が売りに転換するようなニュースが必要となる。
ジョージ・ソロスがポンドを空売りした時には、イギリス政府がポンドの買い支えを近い将来諦めることを見越していたのであり、デイヴィッド・アインホーンがリーマン・ブラザーズを空売りした時には、モーゲージ債の暴落で損失を被ったリーマンがデフォルトに陥ることを予想して空売りをしたのである。
投資銀行など、相場を張ることが専門ではないセルサイドの自己勘定取引部門などは、企業との密接な関係を利用して決算の良し悪しを予想し、決算日の前に売りを仕掛けることが多いようである。バイサイドのヘッジファンドの立場から言えば、インサイダーまがいの決算予報でしか利益を得られないのは、彼らの能力不足のゆえなのだが、いずれにせよ投資の方法は人それぞれということである。
いつまで空売りしなければならないか?
ところで、空売りというのは永遠に続けられるものではない。空売りにはコストがかかるからである。
第一に、株式の空売りの場合、貸株料を払わなければならない。空売りをするためには株を借りる必要があり、借りた株を返すのは空売りを買い戻すときであるから、空売りしているあいだは貸株料を払い続けることになる。
第二に、利益・利回りを出している株や債券の場合、他の条件が同じであれば、利払いなどを含めて考えた資産価格は自動的に上がってゆくからである。債券は毎年金利を投資家に支払い、企業は利益を留保あるいは配当として還元してゆく。証券価格およびP/E(株価収益率)などのファンダメンタルが同じであると仮定すれば、買い方を利するこれらの要素はそのまま売り方の損となる。そしてその損失は、持ち続けることで広がってゆく。
したがって、空売りをする投資家は、最長でいつまで空売りを続けなければならないかと考えなければならない。イギリス政府がポンドを買い支えるための資金が底をつくのはいつか? リーマン・ブラザーズは、サブプライム・ローン関連の金融商品の評価損を充分にバランスシートに反映していなかったが、彼らが本当に資金繰りに困窮し、損失を認めなければならなくなるのはいつだろうか? こういった予測によって、自分が空売りをしなければならない期間を計るのである。
天井が分からずとも空売りはできる
天井が厳密に分からずとも、空売りをする期間が定まれば、その間に起こりうる上昇はおおよそ予測できるものとなる。それでも予測できない場合は、プット・オプションを買うという手段もある。いずれにせよ、例えば3ヶ月後に今の価格よりも低いところに下落しているということが分かれば、空売りを始めることが可能となるのである。
あとは、その空売りからリスクに見合った利益が得られるだろうかということと、失敗した場合の損失は最大いくらになるかということを考えるのみである。重要なのは後者である。最大の損失額が決まれば、ポジションの大きさをようやく考えることができる。
最大損失額からポジションのサイズを決定する
空売りに失敗した場合にポジションの20%の損が出ると計算できたとしよう。この空売りでどれくらいの大きさのポジションを取ることができるかを決めるためには、その取引で許容できる損失の額を考えなければならない。
100億ドルを運用するファンドマネージャーが、この空売りでは5億ドルの損までならば出してもよいと考えたとしよう。そうすれば、5億ドルがポジションの金額の20%とならなければならないから、今回の取引では25億ドルの空売りをすることとなる。1億ドルしか許容できない場合には5億ドルの空売りとなる。このように、許容できる損失の額がポジションの大きさを決定する。
利益
ポジションの大きさが決まり、ようやく成功した時の利益が計算できるようになるが、これはおまけ程度のものであり、プロの投資家が「かなり割高に取引されている」と漠然と感じ、かつ失敗した場合に想定される損失が許容できる範囲に収まれば、リスクに見合った利益が大体はもたらされるものである。
逆に買い方が売り方の機関投資家を踏み上げようと考えるときにも、売り方が想定する利益の大きさは最重要のテーマではない。機関投資家が空売りを買い戻すのは、成功したときと、シナリオが思い通りに行かなかった場合、そして損失が許容額を超えた場合であり、利益の額は行動に影響を与えないからである。
以上はグローバル・マクロのファンドマネージャーが空売りをするときに考える要素であり、テクニカル分析で空売りをする機関投資家などは、また別のやり方で空売りをするのかもしれない。個人投資家が空売りをする際の参考に、あるいは買い方が機関投資家を踏み上げようとする場合の参考に、本稿が寄与することができれば幸いである。