2018年にFed(連邦準備制度)のイエレン議長の任期が終了することを受け、トランプ大統領は近日中(原文:coming days)に次期議長を決定するとの見通しを示した。Reuters(原文英語)などが伝えている。これまで報じている通り、金融市場では2018年以降の金融政策をめぐり、次期議長に関する思惑が飛び交っていたが、ようやく次期議長が決まりそうである。
注目すべきは、Reutersが「5人の候補者」から決定すると報じていることである。この5人には現職のイエレン議長も含まれており、残る4人はケビン・ウォルシュ元Fed理事、ジョン・テイラー教授、ジェローム・パウエル現理事、そして最後は恐らくゲイリー・コーン氏のことだろう。ドル円相場や株式市場に大きく影響を及ぼす次期Fed議長任命直前ということで、この5人の候補をもう一度纏めておきたい。
ケビン・ウォルシュ元理事
ウォルシュ元理事は、これまでも伝えている通り、筆者がもっとも株式市場暴落に近いと考える候補である。理由は二つあり、一つはリーマン・ショック時に理事を務めていたウォルシュ氏が、2008年の金融危機の規模を完全に読み間違っていたという事実、そして二つ目は金融政策は株価の動向に影響されてはならないというウォルシュ氏の経済学上の考えである。
ウォルシュ氏がFedの理事としてリーマン・ショックにどう対応したかということについては、以下の記事で詳しく説明している。彼が完全に危機の進展を読み間違っていたことが良く分かるだろう。
二つ目については、恐らくウォルシュ氏が正しいのだろう。長年続いた量的緩和によって、バブルは確実に存在している。このバブルは低金利が続けば続くほど大きくなるものであり、先延ばしは望ましくないことは確かだろう。著名投資家のジョージ・ソロス氏も以前、Fedは金融引き締めをもっと早く行うべきで、引き締め開始が遅れたためにFedは機会を既に逃してしまったと発言していた。
しかし、仮に遅れたとしてもイエレン議長は引き締めを開始しており、現時点からウォルシュ氏を採用することは、市場を崩壊させずに綱渡り式に引き締めを行なってゆくというイエレン議長の努力をすべて台無しにしてしまうものである。筆者はイエレン議長なら市場を崩壊させることなく引き締めを進められる可能性があると以下の記事で指摘したが、ウォルシュ氏ならばそうはならないだろう。
ジョン・テイラー教授
スタンフォード大学で教鞭をとるテイラー教授は、アメリカの与党共和党にとって象徴的な候補である。共和党は政府の権限を少なくすることで「小さい政府」を作り上げることを目的としているが、このテイラー氏は中央銀行は自分の裁量で金利を決定するのではなく、予め決まった方程式によって政策金利を決定すべきだと主張している。中央銀行の裁量を制限するという意味で、非常に共和党的な候補なのである。
この方程式は「テイラー・ルール」として金融業界では有名だが、政策金利を算出するテイラー氏の方程式には、株価や長期金利などの金融市場が決定する数字が含まれておらず、実質経済成長率やインフレ率などの実体経済の数字のみによって政策金利が決まる仕組みになっている。ウォルシュ氏と同じく、金融引き締めが行き過ぎて株式市場が悲鳴を上げたとしても、テイラー教授は気にせず引き締めを続けてゆくだろう。
ちなみにだが、マクロ経済学的にはテイラー教授やウォルシュ氏の市場無視は間違いである。それは中央銀行が市場に気を遣うべきだということではなく、金融市場の動向が実体経済に影響を及ぼすからである。
金融市場は実体経済の動向を反映して推移するとされるが、同時に例えば企業の保有資産額は株価などの動向に影響されており、企業は当然自分の資金力を考慮して経済活動を行うため、株価も実体経済に影響を及ぼしているという相互作用が存在する。従って、金融市場を無視してしまうと、実体経済の推移を読み間違ってしまうことになる。これはソロス氏の投資哲学である「再帰性理論」の基礎であり、著書『ソロスの錬金術』で説明されているので、未読の読者は読んでおくべきだろう。いつものことだが、中央銀行家のマクロ経済学は数十年分遅れている。
パウエル氏は現職の理事であり、イエレン議長以外の候補としては、もっとも現在のFedの金融政策に近い人物である。以前報じた通り、2012年の理事就任以来議長の決定に反対したことは一度もなく、発言内容も現在のFedに近いと言える。
理事としてあまり自己主張をしていないため、力量ははっきりとは読み取りにくいが、個人的にはイエレン議長の下位互換のような位置づけで考えている。イエレン氏本人以外ではイエレン氏に一番近いが、中央銀行家としての力量はイエレン氏の方が上だろう。しかし著名投資家とも個人的に親しいトランプ大統領が、市場を崩壊させかねないウォルシュ氏やテイラー氏のリスクを理解していないとも思えず、個人的には一番可能性が高いと考えている候補である。
ジャネット・イエレン議長
そしてイエレン議長本人も候補なのだが、トランプ政権の推し進める銀行への規制緩和に賛同するとは考えがたいため、金融市場ではイエレン議長の再任は可能性が低いと考えられている。債券投資家のジェフリー・ガントラック氏も同じ意見を表明していた。
彼女は議長職を続けたいとは思わないだろうし、大統領もそれを望まないだろう。
結果として名前が挙がってきたのが考えの似ているパウエル理事ということになる。
ゲイリー・コーン氏
最後の一人は、恐らくGoldman Sachsでコモディティ・トレーダーを務めていたコーン氏のことではないかと思う。コーン氏は以前最有力候補として報じられていたが、トランプ大統領を批判したことで大統領と疎遠になり、候補から名前が外れたとされていた。
上記のガントラック氏はミネアポリス連銀総裁のカシュカリ氏を最有力としていたが、Reutersの報じる「5人」にコーン氏が含まれているとしたら、ガントラック氏の予想は外れたということになるのだろう。
結論
次期議長候補が上記の5人に絞られたとするならば、どの人物が議長になったとしても、現在の利上げとバランスシート縮小の路線は概ね引き継がれそうである。筆者の予想するパウエル理事になれば、ウォルシュ氏やテイラー教授を懸念していた金融市場は一時ドル安で反応するかもしれないが、長期的にはやはりドルが強含む展開になると予想している。以下はドル円のチャートである。
そして金融緩和を好む金相場にとってはネガティブな要因になるだろう。以下は金価格のチャートである。
米国株は、ドル高と金利上昇のアメリカ経済への悪影響を徐々に織り込んでゆく形になるが、何処まで持つだろうか。