2018年2月にFed(連邦準備制度)のイエレン議長の任期が切れることを受け、様々な次期議長候補が噂されているが、今回はジェローム・パウエル氏を紹介したい。
ジェローム・パウエル理事
パウエル氏は2012年よりFedの理事を務めている。中央銀行の職に就く前は父ブッシュ政権下の財務次官を務めていた他、カーライル・グループなどの投資会社で働いており、政治界と実業界を行き来してきた経験を持っている。ウォルシュ氏など、名前の挙がっている他の候補は金融緩和に反対する明確なタカ派が多いが、パウエル理事が議長になればアメリカはどのような金融政策に動くだろうか?
リーマン・ショック時にFedの理事を務めていたウォルシュ氏や、中央銀行は予め決まったルールに従って金利を操作すべきとしたテイラー・ルールで有名なテイラー教授など、金融政策についての主張がはっきりしている候補とは違い、パウエル氏は5年もFedの理事をしているにもかかわらず、主張があまり明確ではない。
何故ならば、この5年間、パウエル氏は一度も議長の決定に異を唱えず、ただ決定に賛意を示してきたからである。バーナンキ議長下で行われた量的緩和第三段の実効性には疑問を示したこともあったが、最終的には量的緩和を継続したバーナンキ議長に賛成した。議長の方針に従う傾向は、イエレン議長の任期においても変わっていない。
ただ、議長の意向に従いながらという前提ではあるが、これまでのFedの政策に賛成してきていることから、パウエル氏が議長になれば少なくともある程度の現状維持が行われるというのが一般的な見方となる。
最近の発言
よりパウエル氏の見方を説明するために、金融引き締めに関するパウエル氏の最近の発言を拾ってみよう。先ずは2017年6月にBloomberg(原文英語)が伝えているものである。
インフレ率は5年の間2%の目標を下回っており、目標に向けて緩やかな進展しか見せていない。今後の進展が遅れるか停滞する場合、利上げについて忍耐強くあることが妥当となるだろう。
実体経済が予想通りに進展する場合、段階的な利上げを続けることが適切になると考えている。
ほとんどイエレン議長自身の発言と言っても良いだろう。利上げは継続するが、経済が減速するようであれば引き締めを撤回するという姿勢である。また、量的緩和を逆回しにするバランスシート縮小に対して金融市場が落ち着いていることについては以下のように述べている。
秩序ある再投資の減少(訳注:バランスシート縮小のこと)を良く消化している。ただ、この政策が予想以上に市場の状況を引き締めすぎてしまう場合には、FOMC(訳注:金融政策決定会合)はそのことを考慮に入れるだろう。
つまり、パウエル氏は市場が悲鳴を上げ始めたら言うことを聞くと言っている。この点でパウエル氏とウォルシュ氏は非常に異なると言うべきだろう。そしてイエレン議長と似ているのである。
労働市場の指標偏重
また、これまでのFedに似ているのは市場の言うことを聞くということだけではない。大雑把に言えば「労働市場が過熱すれば自動的に物価は上昇する」と主張する、現在の中央銀行を支配している価値観をパウエル理事も引き継いでいる。以下はCNBC(原文英語)が2017年8月に伝えている発言である。
インフレ率は目標値を少し下回って推移している。これはミステリーだ。労働市場が過熱すれば、インフレ率も多少は高くなると予想するのが普通だろう。
一方で、多くのヘッジファンドマネージャーやラリー・サマーズ氏らの経済学者は、Fedの唱える経済学が間違っていると主張している。インフレ率の低下は人口動態など構造的な要因のためであるとする長期停滞論である。これについてはサマーズ氏や、Bridgewaterのレイ・ダリオ氏らの説明が分かりやすいだろう。
長期停滞論については、長年黙殺してきたイエレン議長や、フィッシャー副議長らも最近ようやく認める兆しが見えていたのだが、パウエル氏はいまだに「ミステリー」の一言で済ませている。
この意味では、パウエル氏が議長に任命された場合、イエレン氏よりも尚これまでの旧態然としたFed寄りの議長になると言えるかもしれない。
結論
パウエル氏は恐らく他のどの候補よりも金融政策において現状維持となる候補である。あまり参考にはならないが、ムニューシン財務長官はパウエル氏を推しているらしい。ただ、トランプ大統領がウォルシュ氏やテイラー氏のような極端な候補をどれほど真剣に考えているのかということを筆者は少し疑っている。
可能性の一つは、極端にタカ派な候補の名前を挙げておくことで、実際に選ばれる候補をハト派に見せかけることを考えているというものである。単にパウエル氏が選ばれたのであれば、市場は利上げとバランスシート縮小が継続すると思い、金融引き締め側で反応するかもしれないが、ウォルシュ氏になると市場に思わせておいてパウエル氏になれば、思ったよりはハト派だと市場は安心するかもしれない。
この意味で、個人的にはパウエル氏が議長になる可能性がもっとも高いのではないかと考えている。以前も書いたように、ウォルシュ氏になれば株式市場が大幅に下落する可能性が高く、アイカーン氏やポールソン氏などの著名投資家と親しいトランプ大統領は、その可能性について十分把握しているはずだからである。
一方で、2016年末からトランプ相場の予想を的確に当ててきた債券投資家のガントラック氏は、カシュカリ氏というよりハト派の議長を予想している。
しかし、個人的にはバランスシート縮小継続という現在の路線を前提にドル相場を考えても良いのではないかと思い始めている。パウエル氏が議長となれば、その路線の中心を行くことになりそうである。