レイ・ダリオ氏: 覇権国家の財政問題は戦争とインフレを引き起こす

世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏が自身のブログでもうすぐ出版される新著『国家はどのようにして一文無しになるのか?』(仮訳)の紹介をしている。

今回は覇権国家の財政と戦争、そしてインフレが互いにどう関係しているかについて書かれている部分を取り上げたい。

アメリカのインフレとウクライナ戦争

ダリオ氏はこれまで、アメリカの債務問題と戦争の関係を強調してきた。コロナ後に現金給付が決まってすぐに書き始めた著書『世界秩序の変化に対処するための原則』では、覇権国家が紙幣印刷でインフレを引き起こすのは覇権の末期であり、その期間には戦争が誘発されると予想した。

そしてウクライナ戦争はこの本の出版の3ヶ月後に起きた。

ダリオ氏は具体的にロシアがウクライナを攻めると予想したわけではない。

しかし覇権国家の債務問題と、インフレや戦争には因果関係がある。それがダリオ氏の論点である。

大英帝国の衰退と戦争

ダリオ氏は新著においてもやはり同じ因果関係にフォーカスしている。

ダリオ氏が持ち出すのは大英帝国の末期の状況である。大英帝国は、1945年に覇権をアメリカに譲って尚、いくらかの植民地を維持していた。

だがかつて世界を支配した大英帝国も、第2次世界大戦の頃にはかなり力を失っており、最後の植民地も戦後数十年かけて失ってゆくことになる。

その大英帝国の終わりを象徴する一場面こそが、度重なる中東戦争と、それに伴うオイルショックである。

ダリオ氏は次のように述べている。

1973年、大英帝国と植民地主義が崩壊しつつあり、中東では大きな地政学的な変化が起こっていた。それが1回目のオイルショックを引き起こし、それがインフレを更に悪化させていった。

中東においてイギリスの支配が最初に壊れ始めたのは、それよりも少し遡って1956年の第2次中東戦争だろう。1956年、イギリスの覇権が弱ってきたことを見て取ったエジプトは、イギリスに奪われていたスエズ運河の国有化を宣言した。

これに怒ったイギリスは第2次中東戦争を戦ったものの、エジプトに勝てなかった。

その状況を見て更に立ち上がったのが、油田を欧米人に支配されていた中東諸国である。

ダリオ氏は次のように続けている。

当時、中東(やその他の地域)で植民地支配を受けていた国々は、自分を支配していた支配者たちを打ち倒し、支配者たちが支配していた資産を取り戻した。

中東ではサウジアラビア、イラン、イラク、リビアが、セブン・シスターズ(原油メジャー7社)によって所有されていた原油関連資産のほとんどを取り返した。

そして1973年、イスラエルとエジプトの間で第4次中東戦争が起こったとき、油田を取り戻していた中東諸国がOPECとして原油価格の釣り上げを実行し、更にイスラエルを支援する西側諸国に原油の禁輸を行ない、世界的なオイルショックを引き起こしたのである。

覇権国家の衰退と戦争とインフレ

これらはすべて、大英帝国の覇権の終わりの最終段階として起こったことである。

覇権国家が強い間はどのような振る舞いでも許容される。他の国は許容せざるを得ないからである。

だがひとたび覇権国家の弱体化が明らかになってくると、これまで押さえつけられていた国々が蜂起し始める。そして戦争は原油価格を上昇させ、インフレに繋がってゆく。

重要なのは、その原因となった覇権国家の弱体化は、覇権国家が債務の増加によって紙幣印刷に頼らざるを得なくなり、自分でインフレを引き起こしたことによって生じたということである。

インフレが覇権を弱体化させ、覇権の弱体化が戦争を引き起こしてインフレを呼ぶ。そしてインフレが更に覇権を弱体化させてゆく。いわゆる負のスパイラルである。

結論

ダリオ氏の言いたいことは明らかだ。大英帝国の覇権の終わりに起こったことが、今の状況と明らかに似ていると言いたいのである。

アメリカは世界各地から軍を撤退させている。ベトナム戦争の時点で弱体化は始まっていたのだろう。最近ではアフガニスタンはタリバンに明け渡さなければならなくなった。

ロシアがウクライナに侵攻したとき、プーチン大統領の頭にはこうした事実があったに違いない。ロシアは長年、ロシアを仮想敵国とするNATOがどんどん東側に勢力を広げてきても、逆に勢力を広げ返すことはしてこなかった。

NATOが東に行ったのであって、ロシアが西に行ったのではない。後者が事実なら両者はウクライナではなくドイツやフランスでぶつかっているはずである。

しかし欧米諸国が最終的にロシアと国境を接するウクライナを支配下に置こうとしたとき、ロシアの堪忍袋の緒が切れたのである。少なくともトランプ大統領はそういう見方でウクライナ戦争を見ている。

債務膨張とインフレで覇権国家が弱体化するとき、覇権に不満を持っていた国々が蜂起を始める。

大英帝国の時もそうだったように、アメリカの時もそうなるだろう。そしてそれがインフレを引き起こし、更に覇権の弱体化を引き起こしてゆく。

それがダリオ氏が『世界秩序の変化に対処するための原則』で書いている予想である。原油を含むコモディティの多くを握っているのが欧米ではなくBRICS及び中東諸国であることに注目したい。資源のない日本はどう生きてゆくのか。


世界秩序の変化に対処するための原則