これまでの記事では、トランプ政権の関税政策をきっかけに発生した米国株と米国債の同時暴落は、1929年に始まる世界恐慌と同じ状況だということを解説してきた。
では、株価と国債の同時下落は当時どのように解決されたのか。今回は世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏の著書『巨大債務危機を理解する』から、それを説明している部分を紹介したい。
米国株と米国債の同時下落
2025年の金融市場では、米国株が急落した時に米国債も下落したことが話題になっている。普通、株価下落時には国債は買われるもので、2008年のリーマンショックでもそうなっていた。
だが今回、株安時に米国債から資金が逃避した。それを危惧してトランプ政権は関税の延期を決定したのである。コロナ後の金利上昇による国債利払いの増加問題で、どれだけ米国債が不安定になっているかが分かる。
そして以下の記事では、歴史上米国株と米国債が同時に下落した時期の1つが、1929年から始まる世界恐慌の時期であることを解説した。
当時、米国株は80%下落し、1929年のバブル崩壊から25年間上値を更新しない下げ相場を経験した。
だがその底打ちはいつで、何がきっかけだったのか?
1929年世界恐慌
この時期のアメリカ経済と米国株を解説しているのがダリオ氏の『巨大債務危機を理解する』である。
世界恐慌が発生した当時、アメリカはフーヴァー政権だった。現在と同じように、フーヴァー大統領は財政赤字が膨らんでいる中で、景気後退の対処を迫られていた。
ダリオ氏は次のように書いている。
フーヴァー政権は財政赤字が膨らんでいることを危惧していた。税収は減り、政府支出は増加していた。
フーヴァー政権はこの問題を緊縮財政で解決しようとした。だが、ここがポイントなのだが、ダリオ氏によれば緊縮財政では財政赤字の問題を解決できなかった。
ダリオ氏は次のように説明している。
だがこうした努力にもかかわらず、GDP比で財政赤字は増加し続けた。緊縮財政は景気を減速させ、GDPが財政赤字よりも大きく減少してしまったからだ。
政府債務を解決するためには、GDP比で見た債務と赤字を減らさなければならない。しかしフーヴァー政権では、緊縮財政で赤字よりもGDPが大きく減ってしまったために、むしろ緊縮財政が債務問題を悪化させたのである。
ルーズベルト大統領の紙幣印刷
こうした中、1932年の大統領選挙でフーヴァー大統領は負け、フランクリン・ルーズベルト大統領が1933年から就任することとなった。
ルーズベルト大統領は経済政策を大きく転換し、ばら撒き政策を推進することになる。
当時のアメリカ経済は金本位制だったが、紙幣をばら撒くためにはまずこの金本位制をどうにかする必要があった。金本位制とはドル紙幣を中央銀行に持っていけばゴールドと交換するという約束によってドル紙幣の価値を担保する制度で、この約束がある限り中央銀行は自由に紙幣を印刷できないからである。
だからルーズベルト大統領はどうしたのか。ダリオ氏は次のように解説している。
3月5日、就任の翌日にルーズベルト大統領は4日間の銀行の休業を宣言し、ゴールドの輸出を差し止め、銀行システムを救済するためのチームを組織した。
3月9日の銀行の営業再開より前に、米国議会は1933年の緊急銀行法を通過させた。この法律は銀行の休業を延長し、銀行システムに流動性と資本を注入するための未曾有の権限を中央銀行と財務省に与えた。
もっとも重要なのは、この法律が中央銀行にゴールドの裏付けなくドル紙幣を発行する権限を与えたことで、それはドル紙幣からゴールドの裏付けを外し、中央銀行が紙幣印刷して市中の銀行の望む流動性を供給できるようにしたことだ。
これは1971年のニクソンショックと同じ話である。過去100年ほどで米国株と米国債が同時に下落した2つの期間の両方で、金本位制の撤廃による紙幣印刷が起こっているのは非常に興味深い事実である。
金融緩和と債務再編
また一方で、ルーズベルト大統領は債務削減も進めていった。例えば不良債権を抱えた銀行の処理である。
ダリオ氏は次のように述べている。
監査者が資金不足に陥っている銀行を見つけると、当局が優先株発行で銀行に資金注入するか、より財政が健全な銀行と合併させるか、廃業させた。
銀行システムにとって重要な銀行は救済され、小さな銀行はしばしば破綻させられる傾向にあった。
ここの読者はお気づきかもしれないが、このやり方はまさに、ダリオ氏が言うところの「美しい債務削減」である。
例えば長年の不動産バブルが完全に崩壊した中国に対し、ダリオ氏は金融緩和と債務再編の両方を奨めた。ダリオ氏は次のように言っていた。
わたしの考えでは、中国政府は債務削減(デフレ的で、経済を減速させ、債務負荷を減らす)と金融緩和(インフレ的で、経済を刺激し、債務負荷を減らす)を両方行なうべきだ。
そうすればインフレ的な債務不可減少とデフレ的な債務負荷減少が互いにバランスを取り合う。これがわたしの言う「美しい債務削減」だ。
ダリオ氏は膨らみ過ぎた債務への対処として、常にこの「美しい債務削減」を奨めている。現在のアメリカもそうならざるを得ないとダリオ氏は考えている。
ダリオ氏のこうした考え方は恐らく、この『巨大債務危機を理解する』におけるフーヴァー政権の分析の結果ではないか。フーヴァー政権は緊縮財政で政府債務に対処しようとしたが、それは上手く行かなかった。
ダリオ氏はもうすぐ出版される新著で次のように書いている。
緊縮財政は大きな間違いだ。緊縮財政は負債と収入のバランスをもとに戻してはくれない。
一方で、ルーズベルト大統領による「美しい債務削減」は、紙幣印刷を伴いながら世界恐慌を終わらせることが出来た。ダリオ氏は次のように述べている。
金本位制からの離脱が転換点だったことが分かる。すべての金融市場と経済統計が底打ちしたのは、まさにその時だった。
当時のダウ平均のチャートは以下のようになっている。ルーズベルト政権は1933年からである。

結論
勿論、紙幣印刷によるこの底打ちが何の副作用もなくもたらされたわけではない。金価格は高騰し、ドルの価値は暴落し、人々はインフレに苦しんだ。
結局、債務のツケは何らかの形で払わなければならないということである。
だが投資家にとって重要なポイントは、フーヴァー政権の緊縮財政では債務問題を解決できなかったということである。
2025年のアメリカの債務問題において、ダリオ氏が遅かれ早かれドルの下落が不可避だと考えている理由はそこにある。紙幣印刷による債務の解決が、良いか悪いかの問題ではなくそうならざるを得ないという問題であるならば、ドルの価値を維持することは完全に不可能だということになる。
アメリカの債務は金利上昇による米国債の利払いの急増により、急務の問題となっている。
ルーズベルト大統領は、ドルと物価を犠牲にした。トランプ大統領は、少なくとも株価は既に犠牲にしており、米国債が犠牲になることを恐れている。
ドルと米国株と米国債と物価のうち、どれかは犠牲にしなければこの状況は乗り越えられない。
トランプ政権が他に何かを犠牲にしなければならないとしたら、それは米国債だろうか、物価だろうか、それともドルだろうか。
筆者にはそれは明らかに見える。ドル相場は危機的状況に置かれている。それが金価格の高騰に繋がっているのである。
今後のドル建て資産の動向を予想したい人は、ダリオ氏の『巨大債務危機を理解する』に書かれた世界恐慌の分析を読んでおくべきである。

巨大債務危機を理解する