2025年4月の株価下落でブラックマンデーという言葉を出している人もいるが、そういう人々には1987年のブラックマンデーはまったくもってこんなものではなかったということは言っておかなければならない。
だが、1987年のブラックマンデーが何故起こったのかを知っている投資家の一部は、当時の状況と近い状況が2025年に再現されつつあるということに気づき始めているかもしれない。
普通ではない金利上昇
筆者が何を懸念しているかと言えば、金利である。株安の状況下で金利が上がり始めた。
アメリカの長期金利は次のように推移している。

前回の記事で述べた通り、これこそがトランプ政権が関税を延期した理由である。
株安になれば景気減速を織り込んで金利は普通下がるもので、リーマンショックの時にも金利が上がるなどということはなかった。この金利上昇をどう考えるかである。
ここの読者は覚えているだろうが、本来金利が上がるべきではない状況で長期金利が上がるという状況は少し前にもあった。去年9月にFed(連邦準備制度)が利下げを開始した時である。
普通、政策金利を下げれば長期金利も下がるのだが、今回の相場ではインフレ再加速が懸念されて9月から長期金利が上がっている。債券投資家のジェフリー・ガンドラック氏は、その金利上昇は米国債の危うさを表していると指摘していた。
ブラックマンデーと長期金利
さて、ここで思い出してもらいたいのは、1987年のブラックマンデーの原因が金利だったことである。
話はレーガノミクスによるドル高を国際協調で抑えようとした1985年のプラザ合意までさかのぼる。プラザ合意は(ちょうど今のように)貿易赤字で苦しんでいたアメリカのレーガン政権が、日本やドイツなどと協調してドル高を抑え円やドイツマルクの価値を上げることで合意した出来事である。
伝説的なヘッジファンドマネージャーのジョージ・ソロス氏は、著書『ソロスの錬金術』の中でまさにこの時期の投資日記を公開しており、次のようにプラザ合意のドル下落で日本円を買って儲けた話を伝えている。
われわれは興奮の渦中にある。G5の財務相と中銀総裁がプラザホテルで緊急会議を開いた。これは歴史的な出来事である。会議は自由な変動相場制から管理された変動相場制への移行を決定した。
わたしは紙一重でポジションを手放さずに済み、一世一代の大儲けを果たした。円を翌週の香港市場で買い増し、上昇する相場のなかでホールドした。
1985年を境にドルは下落したが、今度はドルの下落が止まらなくなった。
レーガン政権と双子の赤字
レーガン政権は財政赤字と貿易赤字という双子の赤字を懸念しながらも、実際には防衛費の増大などで財政赤字は悪化しており、財政赤字は米国株の上昇に繋がりながらも、財政赤字によって人為的に作られたバブルの気配を呈していた。
それでも株高を支えていたのは金利だった。1970年代の物価高騰がFedのポール・ボルカー議長によって打倒されて以来、金利は下落しており、それが米国株の投資家の拠り所となっていた。
そうした中でのドルの下落である。当時は為替リスクをヘッジするということが今ほど一般的ではなかったので、アメリカ国外の投資家はドルの回復を願っていた。ドルが下がると自分の保有する米国株の価値が自国通貨建てで下落するからである。
そのような中で行われたのが1987年2月のルーブル合意であり、そこでは行き過ぎたドル安を是正することが確認された。アメリカはドル防衛のために金利を上げて国内経済を減速させたくはなかったので、逆に日本やドイツが金利を下げることで相対的にドル高にすることを望んでいたのである。
しかし国内のインフレを懸念していたドイツは、合意を破って同年9月に利上げを強行する。これが同年10月のブラックマンデーに繋がってゆく。
追い詰められた米国株投資家
1987年に米国株に投資していたアメリカ国外の投資家にとって致命的だったのは、ドイツの利上げによってアメリカの利上げかドル安のどちらかは避けられなくなったということである。
ドイツの利上げに対抗するためにアメリカも利上げをすれば、ドルは守れるが株価は下落する。逆に利上げしなければ、ドルの下落を止めることはできない。
ドルが下落しても株価が下落しても、為替ヘッジをしていないアメリカ国外の投資家は損失を避けられないということになる。
株価が暴落するのは、投資家の損失が不可避となったときである。もうそうなれば投資家は投げ売りするしかない。そうして1987年10月のブラックマンデーは起きたのである。

2025年の状況
さて、2025年の状況に話を戻したい。ソロス氏からSoros Fund Managementの運用を任されたこともあるヘッジファンドマネージャーでもあるベッセント財務長官は選択を迫られていた。
インフレになった後、金融緩和で人為的に金利を下げることは出来ないので、トランプ政権には景気刺激をして株高・金利上昇を取るか、緊縮財政をして株安・金利低下を取るか、どちらかしかなかったのである。
そして以下の記事で語っていた通り、「景気後退を引き起こさずに財政赤字の問題を解決する」ことを目的にトランプ大統領から財務長官に任命されたベッセント氏は、株安になると分かっていながら関税やDOGE(政府効率化省)による政府支出削減など、アメリカ政府の財政を改善する政策を強行することをトランプ大統領に進言した。
ベッセント財務長官はタッカー・カールソン氏によるインタビューで、今のアメリカ経済について次のように語っている。
筋肉増強剤を使うボディビルダーのようなものだ。外見は筋肉質で素晴らしいが、内側では自分の内蔵が死んでいる。それが今のアメリカの状況だ。
大量の借金で景気刺激を続け、政府による大量雇用も続けるのは簡単だろう。そうしてきた政府に異論は出なかった。
だがそれで今の惨状がある。
アメリカは今、コロナ後の金利上昇でこれまで積み上げてきた米国債に多額の利払いが生じており、米国政府は国債の利払いを国債の新規発行で賄っている。
世界的なヘッジファンドマネージャーたちは、ベッセント氏も含め、この米国債の大量発行が供給過多による米国債暴落をもたらすのではないかとずっと懸念していた。
だからベッセント氏は株安・金利低下シナリオを受け入れる決断を下した。
しかし問題が生じている。前回の記事で解説した通り、株安によるドルの下落がアメリカ国外の投資家にとっての米国債の価値を押し下げ、国債の投げ売りを生んだことである。
今では外国株投資において為替ヘッジをすることは普通のことだが、債券投資は簡単には為替ヘッジはできない(為替ヘッジすると別の投資になってしまうため)。
だから日本や中国の米国債の投資家は、株安でドルが下がると米国債を損切りせざるを得なくなり、米国債の価格は低下、金利は上昇する。
結論
ベッセント氏の目論見はこうだった。景気刺激をして株高で金利上昇か、緊縮財政をして株安で金利低下かしかないのであれば後者を選ぶ。
しかし今の金利の動きが示唆しているように、株安でも米国債の投げ売りで金利上昇になるとすればどうなる? どちらに転んでも金利は上昇してしまうということになる。
金利上昇は、当然だが株価を下落させる。
これはもしかして詰んだのではないか? 1987年のブラックマンデーのように、投資家に逃げ場がない、どちらに転んでも下落しかない状況が出来上がろうとしている。
筆者はもう一度レーガノミクスからブラックマンデーまでの状況を調べ直している。
ソロス氏の『ソロスの錬金術』には投資日記付きで当時のことが非常に詳しく解説されているので、未読の読者は読むことをお勧めしておく。

ソロスの錬金術