親EUの政治活動家ジョージ・ソロス氏がEUを批判する

著名ヘッジファンドマネージャーのジョージ・ソロス氏が、6月1日にProject Syndicateに寄稿した記事(原文英語)で、EUおよびユーロ圏の問題点を指摘している。

親EUのリベラル政治活動家であるソロス氏だが、共通通貨ユーロの在り方や、ギリシャなどの債務国の扱われ方については、2010年のヨーロッパ債務危機よりも以前から、改善されなければならないと主張し続けている。

今回の記事でも先ずはその論点を説明しており、ソロス氏は以下のように書いている。

ユーロ圏は元々意図されていたものとは真逆のものになってしまった。EUは元々、共通の価値観をもった国々が全体の利益のために個々の主権の一部を喜んで差し出す、自主的な共同体になるはずだった。

しかし2008年の金融危機以降、ユーロ圏は債権国が義務を果たせない債務国に対して独裁をふるう場所に変質した。債権国が債務国に緊縮財政を押し付けたことで、債務国が債務から脱出する方法を模索することは実質的に不可能になってしまった。

EUによる緊縮財政の押し付けによってギリシャなどの債務国が債務から抜け出せなくなる、とはどういうことか? 国の借金の増加が問題となっているとき、財政を切り詰めることが何故状況を改善しないのか?

これについてはソロス氏が以前、比喩を用いて説明している。

車がスリップした時、先ずは滑っている方向にわざとハンドルを切り、そしてコントロールが戻った後、ようやく正しい方向へハンドルを切ることができるというようなものだ。

金融危機の後に債務が増えたのはどの国も同じである。財政が上手くゆかない時ほど資金が必要となるからである。しかしEU加盟国は、そういう場合においても必要な予算を組むことさえEUの規定によって禁じられている。

ちなみにソロス氏の英語原文において、緊縮財政を押し付けた「債権国」は複数形になっているが、EU内で他国に緊縮財政を押し付けているのはドイツだけである。

マクロ経済学的には、ギリシャなどが債務危機に陥った原因は共通通貨ユーロにあるということに異を唱える経済学者は誰もいないのだが、しかしドイツ人だけは、ギリシャの債務はギリシャ人が怠惰である結果で、債務はギリシャ人が財布の紐を締めることによって削減されなければならないと主張し続けている。しかしマクロ経済学とはそのように単純なものではない。

このドイツのマクロ経済学的見解については、ノーベル賞経済学者のクルーグマン氏はNew York Timesへの寄稿(原文英語)で「ドイツは完全に他国とは別の知的宇宙に住んでいる」と表現していたが、第二次世界大戦の時と同じく、ドイツは常に自分の道をゆくのである。

EUとユーロ圏は同じものか?

ここまではソロス氏の従来の主張だが、今回の記事には新たな見解がいくつかある。先ずはEUとユーロ圏を分けるべきだというものである。

EUの条約ではすべての加盟国はユーロ圏にいずれ加わることが想定されており、この想定は、スウェーデンやポーランド、チェコなどの国々がユーロ圏に加わるつもりはないと明言しているにもかかわらず、こうした国々を未だ「ユーロ”未”加盟国」と表現する奇妙な状況を生み出している。

その結果はあまり美しいものではない。結果として、EUはユーロ圏を中心として運営され、その他の国は下級の加盟国として統制されるという事態を生んでいる。これは変わらなければならない。ユーロの抱える多くの問題がEUを破壊することを許してはならない。

「ユーロがEUを破壊してはならない」というところにソロス氏に本音が見え隠れする。彼の利害はユーロではなく、EUにあるのである。

ソロス氏のもう一つの主張は、ドイツの主張する「統合を望む加盟国は先に統合を開始し、他の加盟国は後に続く」という「それぞれの速度での統合」という方針ではなく、それぞれの加盟国が自分の望む方向・規模での統合を許容する「それぞれの路線での統合」を行うべきというものである。ソロス氏は少なくとも、無理強いが良い結果を生まないということを理解しているのである。

ソロス氏とEUの利害対立

しかし、ソロス氏のこれらの主張を実現することは難しいだろう。何故ならば、この主張はEUを支配しているドイツの利害に反しているからである。

先ず第一に、ドイツは共通通貨ユーロと貿易収支を通してギリシャなど南欧諸国から資金を吸い上げており、ドイツがこの利権を手放そうとするはずがない。共通通貨ユーロのそうした実態はソロス氏自身も指摘している通りである。

第二に、ドイツ人の国民感情が望んでいるのは、「偉大なヨーロッパ」の盟主としての地位であり、「第二次世界大戦で他国を侵略しユダヤ人を虐殺したとんでもない民族」という印象をかき消して他のヨーロッパ諸国を見返すということである。

このドイツ人の複雑な国民感情については前回の記事に詳しく書いた。ドイツ人と交流のない日本の読者には知られていない事実だろう。実際、ドイツ人自身も自分の隠れた欲望に気付いていないのである。

一方で、ソロス氏は明らかにユーロ圏を軽視し、そしてEUの支配権がドイツにあるかどうかということも、ソロス氏にとってはどうでも良いことである。

ソロス氏のEUにおける政治的利害については、彼自身が過去に表明している。ソロス氏は生粋のロシア嫌いであり、EUを団結させてロシアに対する武器にしたいと考えているのである。これはNATOの基本理念である。

結論

このように、ドイツ人もソロス氏も親EUだが、その狙いは微妙にずれているのである。そしてわたしの印象は、ヨーロッパの現状とは様々な利害関係者の政治的野心によって無茶苦茶になった紛争地域というものである。

ドイツ人やEU官僚、そしてソロス氏のようなリベラルの政治活動家は、もうイギリスやハンガリーのような国々を放っておいてやってはくれないだろうか。彼らはただ、他国の横暴に嫌気が差しているのである。そうでなければ、現状の経済的・政治的対立が、軍事的対立にまで及んでしまうというわたしの懸念が当たることになるだろう。リベラルは世界を滅ぼすのである。