トランプ相場の株価暴落はベッセント財務長官を甘く見た投資家への罰

前回の記事に引き続き、2025年春の株式市場の大幅下落を特集する。

今回の記事では、ドナルド・トランプ大統領の金融市場に関するブレーンとなっているスコット・ベッセント財務長官に焦点を当てて今回の株安を解説したい。

ベッセント財務長官の観点

アメリカでは大幅な株安となっている。いつもの株価下落では政治家たちは何をすれば良いのか分かっていないというのが通例だが、今回はいつもの株安とは違うことが1つある。政権内に本物の金融のプロフェッショナルが存在していることである。

ここの読者にはお馴染みだが、ベッセント財務長官はジョージ・ソロス氏のSoros Fund Managementの運用を任されていたヘッジファンドマネージャーで、資産運用業界では世界的に著名な人物である。

今回の記事では、株価予想のプロフェッショナルであるベッセント財務長官の視点から株式市場の下落を眺め、状況を解説してゆきたい。

トランプ政権とインフレ

2025年、第2次トランプ政権の初年となる年だが、まずは著名なヘッジファンドマネージャーたちがこの相場をどのように考えていたかを思い出したい。

著名投資家たちはトランプ政権をどう見ていたか。前回のトランプ政権は減税とインフラ投資で株高を演出した。それが前回のトランプ相場だった。

だが今回は前回とは状況が違う。コロナ後の現金給付でインフレが起こってしまっている。金利も上昇し、これまでほぼゼロ金利だった莫大な政府債務に、多額の利払いが発生している。

アメリカ政府は既に国債の利払いを国債の新規発行で賄っている状態であり、その新規の国債に更に利払いが生じるため、ねずみ算式に借金が膨れ上がる状況に陥っている。

利払いを増やさないためにも金利がこれ以上上がってはならなかったし、インフレにするわけにもいかなかった。

だが「アメリカを再び偉大にする」をスローガンにするトランプ大統領が、景気対策をせずにいられるだろうか。少なくともトランプ氏は強いアメリカを望んでいたし、投資家たちもそう考えていた。

だからスタンレー・ドラッケンミラー氏やポール・チューダー・ジョーンズ氏などの名だたるヘッジファンドマネージャーたちは、トランプ氏の大統領再選でインフレを予想していた。

問題はアメリカの財政赤字である。財政赤字がある限り国債の新規発行は増え続け、国債市場は米国債であふれ、いつかのタイミングで米国債は暴落する。中央銀行が紙幣印刷で米国債を救済しなければならなくなり、インフレが起きる。

それが嫌なら財政赤字を削るしかない。1987年のブラックマンデーを予想したことで有名なジョーンズ氏は次のように述べていた。

緊縮財政を選べば増税が来る。

そうなればどうなるか。GDPはどうなる? GDPはダメージを受ける。企業利益はどうなる? 企業利益はダメージを受ける。

そうなれば株式市場はどうなる? 株式市場は崩壊するだろう。

だから緊縮財政をするなと言っているのではなかった。ジョーンズ氏もドラッケンミラー氏も、インフレを引き起こす緩和政策に批判的であることで知られる。ジョーンズ氏は、緊縮財政が長期的には最良の道だと言いながら、そうならないことをメインシナリオとした。

株式市場崩壊などさせられないからそうはならないだろう、それがヘッジファンドマネージャーたちの共通見解だったのである。

著名投資家の裏をかいたベッセント財務長官

だがここで皆が忘れていたことが1つある。ベッセント財務長官も当然そのように考える世界的なヘッジファンドマネージャーの1人だということである。

ベッセント氏はSoros Fund Managementにおけるドラッケンミラー氏の後輩にあたり、有名な1992年のポンド危機は、ベッセント氏とドラッケンミラー氏とジョージ・ソロス氏の共演により実現したトレードである。

ベッセント氏は、当然ながらドラッケンミラー氏やジョーンズ氏と同じ相場観を持っていた。だが投資家は、ベッセント氏が「緊縮財政は出来ないからどうせインフレになるしかない」と思いながら財務長官の職を引き受けるだろうかということをもっと真剣に考えなければならなかった。

ベッセント氏は何を考えて財務長官になったのだろうか。以下の記事でベッセント氏は、政権入りする前にトランプ大統領と初めて会った時のトランプ氏の一言目を次のように伝えている。

スコット、どうすれば景気後退を引き起こさずに負債と財政赤字を削減できる?

この一言だけでトランプ氏が上記の米国債の問題を認識していたことが分かる。そして、恐らくは「どうせインフレになるしかない」と考えていただろうベッセント氏も、トランプ氏のこの一言からそのシナリオを避けるための方法を必死に考え始めたはずである。

ベッセント財務長官と緊縮財政

その結論は簡単だった。インフレ政策を取らないこと、増税できるところからは増税を行うこと、政府支出を減らすことである。

ベッセント氏はイーロン・マスク氏のDOGE(政府効率化省)によって公共事業を打ち切られ、株価が下落しているコンサル企業の話を好ましいものとして紹介していた。以下の記事を読めば分かるが、DOGEによる政府支出削減に明らかに賛成していた。

また、何処かで増税しなければならないならば、その半分を外国人が支払うことになる関税は恐らくアメリカにとって最良の選択肢である。人々は文句を言っているが、何度も言うが財政赤字を何らかの形で削減しなければインフレが待っているのである。消費税や所得税の方が良かったとでも言うのだろうか。

また、ドラッケンミラー氏がインフレの状況下では、株価よりもインフレ対策の方が選挙で勝つために重要だと指摘していたことを思い出したい。経済を落ち込ませてインフレを打倒した結果、1984年の選挙で大勝したレーガン大統領の例がある。

ドラッケンミラー氏に親しいベッセント氏はこの話も知っていたはずである。

だからベッセント氏は、インフレ政策で株価を上昇させる代わりにインフレを引き起こすのか、緊縮財政で株価を下落させてでも財政赤字を解決するのかを考えたとき、迷わず株価下落を選んだ。

かつての上司であるドラッケンミラー氏を含む、ヘッジファンドマネージャーの裏をかいたのである。

結論

トランプ大統領を含め、トランプ政権の人間は皆、株安をそれほど気にしていないように見える。トランプ氏も長期的には株価は上昇すると述べたものの、同時にアメリカ国民に「耐えろ」と言った。

だが投資家は考えるべきではないか。そもそもトランプ氏自身がそれに耐えられているのは何故か? この程度の株価下落ならばまだ大丈夫だと、世界的なファンドマネージャーであるベッセント氏が横で言っているからではないのか。

ベッセント氏は何処まで株価を犠牲にすべきか考えているはずである。

多くの人々は関税は他国との交渉の道具だと思っているが、トランプ政権にとっては関税はアメリカ人以外から徴税できる数少ない方法でもある。筆者の見解では、トランプ氏はやり切る気である。相手国が折れない限り、彼が株価下落に負けて関税を撤回することはないだろう。

前回の記事に書いたが、現在の株安は関税が原因ではなく、元々存在した米国株のバブルをトランプ政権がインフレ政策で延長しなかったことが原因である。

人々は文句を言っているが、ではインフレ政策が良かったのか。経済学者フリードリヒ・フォン・ハイエク氏の『貨幣論集』における以下の言葉が思い出される。

将来の失業について責められる政治家は、インフレーションを誘導した人びとではなくそれを止めようとしている人びとである。


貨幣論集