米国株を中心に株価が大幅に下落している。世間ではトランプ政権の関税が原因だと言われているが、この下落相場の本当の原因は関税ではない。
この記事では2025年の株安の本当の理由を解説してゆく。
急落する米国株
米国株が下落している。株価はドナルド・トランプ氏が大統領選挙に勝利した去年11月から一時上昇していたが、その後2月の高値から一気に20%近く下落することになった。
アメリカの株価指数であるS&P 500のチャートは次のように推移している。

著名なヘッジファンドマネージャーでもトランプ相場で株安を予想する人はほとんどいなかった。
しかし財務長官でヘッジファンドマネージャーのスコット・ベッセント氏がかつて運用していたSoros Fund Managementの現CEOであるドーン・フィッツパトリック氏だけは、相場を知り尽くしたベッセント氏を擁するトランプ政権は株安を「許容」する、という興味深い予想を表明していた。
彼女の見解によれば、ベッセント財務長官およびトランプ政権は株価よりも長期金利を気にしているという。コロナ後の金利上昇によってアメリカの莫大な政府債務には多額の利払いが生じており、多くのファンドマネージャーは金利上昇で国債市場に問題が生じると予想していた。それが2025年初めの状況である。
株高にする訳にはいかなかったベッセント財務長官
だから11月から2月にかけて株価が上昇した時、普通ならば喜ぶべきところだが、ベッセント財務長官は危機感を感じていたはずである。
何故ならば、金融市場における株価上昇と経済加速予想により、年末年始にかけて同時に長期金利が上がってしまっていたからである。
アメリカの長期金利は次のように推移している。

理想を言えば、金利が低下して株価が上がれば良かっただろう。だがそれは中央銀行が金融緩和をしなければ手に入らないシナリオである。
しかしコロナ後にインフレになってしまったアメリカ経済において、金融緩和をしてしまえばインフレになる。それがこれまでとは違うところである。
だから世界的なヘッジファンドマネージャーでもあるベッセント財務長官は、株高と金利上昇か、株安と金利低下かの選択肢において、後者を選んだ。トランプ政権が関税を強調すれば株式市場は下落で反応したが、それを確信犯的にそのままにしておいたのである。
前回のトランプ政権とは違い、今回トランプ政権が株安をあまり気にしていないように見えたことにはそういう背景があったのである。彼らが見ているのは金利である。
関税は株安の理由ではない
さて、筆者は「関税を強調すれば株式市場は下落で反応した」とは言ったが、「株価下落の原因は関税だ」とは言っていない。
トランプ政権が株安を許容するシナリオを指摘したフィッツパトリック氏でさえも、関税そのものが経済を悪化させるとは言っていない。彼女の発言を再掲すると次のようになる。
関税についての教科書通りの主張は、財務長官が言ったように企業が価格上昇圧力を吸収し、しかも価格の変化は1回きりのものだというものだ。
だが消費者や企業のセンチメントはコントロールできないものだ。そしてそれが崖から落ちかけている。
よく読めば、関税そのものが経済を減速させるのではなく、センチメント悪化が原因になると主張している。
また、同じくSoros Fund Management出身のスタンレー・ドラッケンミラー氏も、「関税はその一部を外国人が支払う消費税に過ぎない」と言っていた。
関税そのものがアメリカ経済にとって大した要因に成り得ない理由はいくつかある。まず、輸入が減ることはGDPを押し下げる要因ではなく、押し上げる要因だということである。
GDPには輸出から輸入を引いたものが加算されるため、輸入が減少すればGDPにはプラスの要因となる。
もう1つは、関税の支払い元と支払い先である。アメリカのGDPは30兆ドルで、輸入は4兆ドルなので、平均してその20%の関税がかけられたとすると、その金額はGDP全体の2.8%となるが、その半分を外国人が支払うと考えれば1.4%となり、そしてこの1.4%はアメリカ経済から消えてなくなるわけではない。
課税された関税は、例えば全額を政府が減税の原資として使えば、アメリカ経済への影響は差し引きでゼロである。要するに税金を稼いだ分、政府がどれだけを経済に還元するかを考えなければならない。
そしてアメリカの財政収支目標はベッセント財務長官が別途表明しており、それは関税の有無で変わるわけではない。ベッセント氏の財政赤字目標が景気後退をもたらすと主張するなら分かるが、関税そのものが経済から資金を吸い上げるとする主張は間違っている。
そもそもアメリカ人から吸い取られた1.4%の横には、外国人から吸い取る純然たる収入としてのもう半分の1.4%が存在しているのである。それは何らかの形でアメリカ経済のプラスように使われる。
株安の本当の理由
ということで、関税がアメリカ経済を景気後退に追い込むから株価が下がっているという主張は合理的ではないし、株安の可能性を指摘したヘッジファンドマネージャーさえそんなことは想定していない。
では、株安の本当の理由は何なのか。思い出してもらいたいのは、年末にそもそも米国株のバリュエーションが馬鹿げているほど高いと主張していたデイヴィッド・ローゼンバーグ氏の記事である。
例えばS&P 500の1株当たり純利益は266ドル(2025年末の予想値)だが、この数字は株価が天井付近だった頃の6,100ドルの4.3%である。つまりS&P 500の投資家は自分の投資額の4.3%の利益を自分の取り分として得ることになる。
これを高いと見るか低いと見るかだが、ローゼンバーグ氏はそもそも長期国債の利回りが4%台後半であることを指摘していた。だからローゼンバーグ氏は、米国株は無リスク資産なのか、こんな状態で誰が買うのかと米国株のバリュエーションを酷評していたのである。
本来、金利が上がれば株式の利回りも上がらなければならない。例えば金利が今と同じような水準だったのは2005年前後だが、この頃の株式の利回りは5.5%程度だった。国債の利回り以上の利回りが確保されていたわけである。
ちなみに現在の1株当たり純利益の予想である266ドルを前提に、当時と同じ5.5%の利回りを確保しようと思えば、株価は4,800ドル程度でなければならないという計算になる。
もう一度S&P 500のチャートを掲載しよう。

相場が上下する本当の理由
逆に言えば、S&P 500が6,000ドルを超えて上昇していた頃は、こういう理屈を無視して上昇していたのであり、株式市場とはそういうものである。
長い上昇相場において、株価は理論的な株価水準を無視して上がってゆく。しかしその上昇相場を維持するためには、株価をどんどん押し上げてゆくニュースが必要となる。
米国株にはAIなどの、株価を上昇させる口実があった。しかしそれは純利益を向上させる要因(実際にAI銘柄の利益は増加していた)ではあっても、純利益の上昇幅を超えて、AIとは無関係の企業も含む株価全体を上昇させる理由にはならないのだが、口実がある限り上昇相場は続く。
しかしそれが壊れる瞬間がある。それは逆に、株式を売る口実がニュースを支配した時である。正当な理由なく、様々なことを「口実」にして上がってきた相場は、同じように本当は下落要因にならない関税を「口実」として、崩壊してゆく。
だから筆者は例えば以下の記事で、今回のトランプ相場の問題は関税そのものではなく、関税の他に目ぼしいニュースのないことだと主張しておいた。
だから筆者には、メディアがこれほど一方的に関税について批判的な理由は分からないし、メディアの主張は常にそういうものだが、株式市場の本当の問題は、前トランプ政権の時と違って関税以外の政策がトランプ政権から出てきていないことである。
前回のトランプ政権では、関税があったにもかかわらず株価は上がった。今回株価が下がっている理由は関税ではなく、関税の他に株価を上げるニュースがなかったことである。
株式市場はマグロと同じで、止まれば死んでしまう。株価は上には4,800ドル程度が理論値だと書いたが、それは長期的な平均であって、それ以上下がらないことを意味しない。
結論
株価の底値は、何処まで下がればトランプ大統領が、この止まれば死ぬマグロを再び泳がせようとするかどうかによるだろう。
トランプ氏は「手術は終わった」と態度を和らげる姿勢を見せる一方で、最近の意見表明ではアメリカ国民に「耐えろ」と言っている。明らかにトランプ氏は、この株安を必要だと考えている。
ベッセント財務長官は株安とともに金利低下を望んだのだが、彼にとっての問題は、株安にもかかわらず金利がそこまで下がったわけではないことである。

長期的には、株安をもう少し許容しなければならないかもしれない。筆者はS&P 500が天井から30〜40%の下落となれば、トランプ氏も耐えられないのではないかと踏んでいる。つまり株価4,000ドル程度が防衛ラインである。

いずれにせよ、米国株全体の長期パフォーマンスは悪い。これについては筆者は去年から言い続けている。金利上昇局面においては、金利低下と同じような株価はまったく期待できないのである。
レイ・ダリオ氏は『世界秩序の変化に対処するための原則』において、インフレと債務膨張と金利上昇が重なるときにアメリカ経済は衰退のフェイズに入ると書いている。
トランプ氏がインフレと金利のせいで前回のような緩和政策を出来なかったことは、まさにそのシナリオの始まりなのである。

世界秩序の変化に対処するための原則