引き続き、アメリカの財務長官で、Soros Fund Managementを運用していたヘッジファンドマネージャーでもあるスコット・ベッセント財務長官のAll-In Podcastによるインタビューである。
ベッセント氏の金利低下政策
前回の記事では、世界的なヘッジファンドマネージャーであるベッセント氏が、彼にとっては収入の低い財務長官という仕事をわざわざ引き受けた理由について報じた。
ベッセント氏は恐らく、ファンドマネージャーとしての知識を総動員し、金利を下げるために株価を犠牲にしている。ベッセント氏もトランプ大統領も株価を見ずに金利を見ているのである。
何故トランプ政権にとって金利がそれほど大事かと言えば、コロナ後の金利上昇で米国債には多額の利払いが生じており、これ以上利払いを増やすわけにはいかないからである。
ベッセント氏のSoros Fund Management時代の上司であるスタンレー・ドラッケンミラー氏は利払いの問題から金利上昇を予想していた。
国債の利払いを国債の新規発行で賄えば、新たな国債に新たな利払いが生じる。そして国債の新規発行がどんどん増えてゆき、米国債は買い手不足に陥り、国債価格は下がり金利は上昇する。
だが恐らくベッセント氏はその裏をかいた。株価を許容することで、その結果として起きる金利低下を取ったのである。そこまでが前回の記事の話である。
イエレン元財務長官の金利操作
だがそもそも何故今年の米国債発行が膨大なのかと言えば、その理由は単なる金利上昇以外にもう1つある。バイデン政権で財務長官を勤めていた、元Fed(連邦準備制度)の議長でもあるジャネット・イエレン氏の政策である。
イエレン元財務長官は、コロナ直後に量的緩和で金利が下がった時、発行する米国債の期間を意図的に短くしていた。意図的に短期国債ばかり発行していたのである。
もし金利が低い期間に例えば30年物国債を多く発行していれば、金利上昇後もそれらの国債の金利は満期まで変わらず、アメリカはあと30年は利払いの問題に悩まされずに済んだはずなのである。
だがコロナ禍から5年、コロナ直後にイエレン氏が大量発行した短期国債が次々に満期を迎え、米国政府は借り換えのための新規国債発行を余儀なくされている。
イエレン氏は何故短期国債ばかり発行したのか。ベッセント氏は次のように述べている。
金利が低い時、本来ならば国債の期限を長くするべきだ。だが過去数年、財務省は金利の短い国債ばかり発行してきた。恐らくその理由の1つは金利を低くすることだっただろう。
上述の通り、国債を発行し過ぎると国債価格が下落し、金利が上昇する。逆に言えば、長期国債を発行しなければ長期金利は低く抑えられるということだ。
だからイエレン元財務長官は、バイデン氏の任期中に金利を低く抑えるために、短期国債ばかり発行していたのである。短期金利は中央銀行が管理しているので、債券市場の需給の影響を受けにくい。だがその代わり、数年後に満期がやって来る。
ベッセント氏の金利予想
お陰で今、アメリカは本来30年後に対応すれば良いはずだった国債の利払いの問題に悩まされているのである。政治家に仕えるために国民を犠牲にする辺りは、中央銀行出身で官僚的なイエレン氏らしい。
さて、短期国債の発行で財政を回し続ける限り、大量発行と利払いの問題は長期的に悪化してゆく。ベッセント財務長官は、イエレン氏が短期側にシフトさせた国債の発行をまだ長期側にシフトさせていない。
ベッセント氏は次のように述べている。
今、わたしはその政策を維持している。だが維持している理由は、トランプ政権の政府支出を抑える政策の結果金利がどうなるかということに市場がまだ気付いていないからだ。
ベッセント氏は、トランプ政権の政策に対する債券市場の解釈が不満らしい。政策がよく理解されれば、金利はもっと下がるはずだと考えているようだ。
関税は金利上昇要因だろうか。関税は増税である。また、DOGE(政府効率化省)の政府支出削減は、どう考えてもデフレ・金利低下方向に作用する。
しかしトランプ氏が大統領選挙で上がった後、金利は上がっていた。だからベッセント氏は株安を許容してでもそれを下げようと思ったのだろう。金利上昇と株価上昇の前回のトランプ相場を、米国債の利払いの問題のある今回は繰り返すわけにはいかなかったのである。
ベッセント氏は、金融市場で金利が低下しないことについて、DOGEの政府支出削減の規模がはっきりしないことが一因だと分析している。
DOGEは、政府支出の無駄を削減しようとしている。だが無駄は、政府の内部を調べてみなければどれだけあるか分からない。一律に「○兆ドル削減します」と言えないために、市場がそれを織り込めない状況になっているというのである。
ベッセント氏は次のように説明している。
市場は、政策の結果金利がどうなるかについて幅広いシナリオが想定されるとき、その中央の値を取ろうとする。
政府には無駄と詐欺と職権乱用があることは分かっているが、その金額を特定しなければならない。金額が特定されるにあたって、市場はトランプ政権の削減する支出をよりはっきり認識するだろう。
結論
だがベッセント氏は、イーロン・マスク氏の率いるDOGEの無駄削減を、やるべき仕事だと考えている。
このインタビューはワシントンDCにあるホワイトハウスの向かいの建物で行われているが、ベッセント氏は次のように言っている。
ここから10マイル以内のエリアからアメリカのGDPの25%が毎日支出される。ワシントンでは誰もがその一部をかすめ取ろうとしている。
わたしはイーロンに「君がみんなのチーズを取り上げているからみんな君に怒っているぞ」と言った。
イーロンは言った。「あいつらのチーズじゃない。アメリカ国民のチーズだ」
他の政治家とは違い、他人のチーズをかすめ取る必要のない、元々自分の力で裕福な実業家たちの日常会話である。政治家の政府支出によって引き起こされたハイパーインフレからアルゼンチンを救ったハビエル・ミレイ大統領と同じ思想である。
歴史上の繁栄した大国は、時間経過とともに自分と自分の票田に政府支出を向けようとする政治家によってやがて負債を増やし、インフレと通貨安によって衰退してゆく。
大英帝国などアメリカ以前の覇権国家を研究したレイ・ダリオ氏の『世界秩序の変化に対処するための原則』では、アメリカもまたその運命を逃れられないと予想されている。
ベッセント氏とマスク氏は、アメリカをその運命から離そうとしている。果たしてそれは可能なのだろうか。

世界秩序の変化に対処するための原則