ユーロ圏のデフレ回避のため、1月22日の政策決定会合でECB(欧州中央銀行)が量的緩和の実施を決定するという思惑から、欧州各国の要人たちが自分の国に有利になるように様々な発言をしている。ギリシャやアイルランドなど財政の危うい国々は、量的緩和の規模が大きくなるように、そして信頼の低い自分たちの国の債券もドイツ国債同様に買い入れられるように、また、買い入れのリスクが自分たちに降りかからないようにと一斉に声を上げている。例えばギリシャからはこうである。
ギリシャ・ハルドゥベリス財務相(ロイターより)
- 「量的緩和の規模が5500億ユーロに設定されれば、ギリシャには159億ユーロの恩恵がもたらされる」
- 「ギリシャ国債の格付けなどの要因により、ギリシャが受ける恩恵の規模が減らされることはあってはならない」
また、買い入れられた債券が下落した場合、その損失をECBが負うのか、各国の中銀が負うのかという議論があるが、この点についてアイルランドの財務相はこう発言している。
アイルランド・ヌーナン財務相(ロイターより)
- 「加盟各国にリスクを負わせる場合、効果は薄れる」
- 「買い入れが加盟各国レベルに戻され、各国の中央銀行がECBの代理として機能することになれば、同措置の効果は薄くなる」
政治家は自分の国の利益を考えるべきものであるから、当然と言えば当然なのだが、要するに量的緩和はしてほしいがリスクは負いたくないということである。一方、財政がこれらの国ほど逼迫していないイタリアやフランスなどは、マクロ経済学の観点から量的緩和が必要であるという、より理性的な観点から発言をしている。
イタリア・パドアン経済相(ロイターより)
- 「量的緩和はデフレ対策として不可欠であり、その効果は弱められるべきではない」
- 「国家間の分裂による影響が出ないことを希望する」
- 「重要なのは期待を回復させることで、そのためには無制限の断固たる介入が必要だ」
フランス・オランド大統領(ロイターより)
- 「欧州経済にかなりの規模の流動性が供給され、成長が後押しされる可能性がある」
フランスとイタリアが言うように、デフレ回避には量的緩和が必要である。量的緩和は米国で効果を発揮し、日本においても、財務省が政府に増税を強要するまでは経済を押し上げる効果を発揮した。しかし通貨を共有した圏内において、金融緩和が必要となるのは経済の弱い国であり、そのコストを負担するのは、量的緩和の必要のない経済の強い国ということになる。
ユーロ圏でもっとも強い経済を持つドイツは、これまで量的緩和に一貫して反対してきたが、22日にECBが量的緩和を導入するという思惑が強まると、 ドイツの要人からは容認と諦めの声が上がり始めた。
ドイツ・ショイブレ財務相(ロイターより)
- 「中央銀行の独立性を尊重する観点からECBの決定を受け入れる必要がある」
ドイツ・メルケル首相(ロイターより)
- 「ECBのすべての代表者に1つだけお願いがある。ECBのいかなる行動も、国家の財政や競争力という本来の問題を棚上げして良いという印象を与えるものであってはならない」
- 「1つの政策が別の政策の代わりになるのだと、人々が信じるということが容易に起こりうる。しかし欧州の国々の競争力を高める以外に、欧州を救う方法は決してない」
共通通貨ユーロは、経済に疎い政治家によって導入された悲劇である。たしかにドイツの輸出産業は、自国通貨マルクよりも弱いユーロによって恩恵を受けてきた。ユーロに恩恵を受けてきたドイツがある程度のコストを払うべきだという議論にも一理あるだろう。しかし、ドイツ人がユーロ圏から離脱し、自国通貨マルクを取り戻さないのは、ユーロ安によって恩恵を受けたいからではない。
ドイツ経済はユーロなしでもやっていける。通貨をマルクに戻せばマルクは高騰するだろうが、強いドイツ経済が適正な通貨レートによって成長を妨げられることはないだろう。ドイツ人もそれを知っている。彼らは自国の経済に自信があり、他国の債務を払うくらいであれば通貨高を受け入れる覚悟がある。
それでもドイツがユーロ圏から離脱しないのは、ヨーロッパというコミュニティへの帰属意識と、その一員としての責務を考えているからである。このような意識の背景には、世界大戦でほかのヨーロッパ人に迷惑をかけたという政治的記憶もある。 彼らはいまだ、再びヨーロッパの一員となるべく努力をしている。
ドイツにあるのは、質実・実直と、イギリスやフランスのような洗練された文化意識がないゆえの素朴さと、他国の債務を払いたくはないという、常識的に理解できる範囲の自己利益の保存意識である。しかしまた、それゆえにユーロ圏において貧乏くじを引かされたという見方もできる。彼らはイギリスのように上手く立ちまわることができないのである。
欧州の国々の関係は、日本と中国の関係とも、アメリカとカナダとの関係とも異なる。ドイツがなぜユーロ圏から離脱しないのかという点については、ヨーロッパの文化意識を理解しなければ読み違える可能性がある。財政の危うい国々の過度な要求が、ドイツの辛抱強さを超過しないことを祈りながら、22日、ECBの選択を見守りたい。