世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏が、自身のブログで新著『国家はどのようにして一文無しになるのか?』(仮訳)の紹介をしている。
今回は覇権の維持について語っている部分を紹介する。
拡大し過ぎた覇権国家
ダリオ氏は前著『世界秩序の変化に対処するための原則』において、覇権国家には寿命があり、過去にはオランダ海上帝国や大英帝国が次の覇権国家と入れ替わったように、100年程度で覇権は交代すると分析していた。
今回の本はまさに覇権国家の衰退にフォーカスした本なのだが、ダリオ氏はアメリカの覇権の見通しを考える上で、その前の覇権国家だった大英帝国に注目すべきだと主張する。
ダリオ氏は次のように言っている。
イギリスは多額の負債を抱え、経済的にも軍事的にも衰退していたので、自国の通貨と国債を急速に何度も切り下げなければならなくなった。
そしてそれはアメリカの現状を考える時に頭に入れておくべきことだ。
永遠に繁栄し続ける国などない。その繁栄はせいぜい1世紀か2世紀であって、アメリカはここ100年の間、負債を増やし続け、末期の大英帝国の状態に近づいている。
大英帝国は、その終わりにどのような状態だったか。ダリオ氏は1945年以降の状況について次のように語っている。
戦後すぐの時期、イギリスは多額の負債を抱えており、40以上もの国々に維持不可能な植民地と軍事基地を持っていた。
大英帝国のピークは第1次世界大戦よりも前であり、その頃までに増やしてきた植民地は、衰退の始まった大英帝国にはコストが支払いきれないものとなっていた。
まさに今のアメリカがウクライナなど世界各地の戦争から手を引いていることと重なっている。そしてアメリカでは今、国債の発行と紙幣印刷のやり過ぎによるインフレで金利が上がり、政府債務の利払いが持続不可能な状況となっている。
覇権の縮小と財政
財政に余裕がなくなり、海外への覇権を維持できなくなった大英帝国は、領土を徐々に縮小していった。
インドは大英帝国から独立し、エジプトではスエズ運河の支配権を失った。ダリオ氏は次のように述べている。
一番分かりやすいのはエジプトがスエズ運河を国有化した時で、もっとも忠実な英国債の保有者でさえ英国債を売った。
それまでイギリスは様々な口実を使ってスエズ運河に軍事介入していたが、エジプト人がぶち切れたのである。これは第2次中東戦争に発展し、エジプト軍は多くの死者を出したが、イギリスは植民地支配を批判する国際世論などに負けてスエズ運河から手を引いた。
これは今のアメリカとまったく同じ状況ではないか? ウクライナや中東へのアメリカの介入を非難するアメリカ人の層がトランプ政権を支持している。彼は2016年に大統領になった時に他国の政権転覆をやめると宣言したが、ある程度はそれを守っている。
それは決して悪いことではない。だが金融市場にとっては、明らかに覇権国家の財政的疲弊を意味している。お金がないから覇権を維持できないのである。財務長官のスコット・ベッセント氏がまさに議題にしていたことである。
覇権の縮小と通貨の下落
覇権国家の財政が怪しくなればどうなるか。国債を更に発行しなければならなくなる。しかし衰退してゆく覇権国家を見た外国人は、国債を売りに出すだろう。実際、BRICS諸国や中東諸国はドルの保有を減らし続けている。
財政が悪くなればなるほど、覇権が縮小すればするほど、覇権国家の国債を買う投資家がいなくなる。そして覇権国家は中央銀行に国債を買わせるほかなくなるが、それが通貨の下落を誘発する。
結局、国債か通貨のどちらかを犠牲にするしかないのである。ダリオ氏は次のように述べている。
拡大し過ぎた大英帝国の債務問題は、1949年に30%の通貨切り下げに繋がり、その後何年も通貨の切り下げを繰り返した。
それはすべて国債の保有者を犠牲にして債務負担を減らすためだった。
イギリスには負債の問題があり、海外領土での避けられない損失からイギリスの凋落が世界中に明らかになると、人々はイギリスの通貨や国債を保有したくなくなり、それが更なる凋落に繋がった。
そして第2次世界大戦から30年が経過した頃、大英帝国は本当の終わりを迎えたのである。ダリオ氏は次のように述べている。
1976年にはイギリスの財政はあまりに悪化し、IMFに救済されなければならなくなった。
結論
さて、読者はこの話を聞いてどう思っただろうか。大英帝国と現在のアメリカを結びつけるのは、突飛な話だろうか。
少なくとも言えることがある。ここ数千年の歴史上、永遠に覇権を保った覇権国家は1つもないこと、そして歴史上の覇権国家はすべて債務を膨張させ、通貨安とともに終焉を迎えていることである。
過去数十年の米国株のパフォーマンスを見て、米国株はこれからの数十年も上がり続けると考えている人は、少なくとももう少し視野を広げるべきではないか。となりの山田さんは80年生きたからもう80年生きるのだろうか。人にも国家にも寿命がある。
ダリオ氏の覇権国家研究は『世界秩序の変化に対処するための原則』に纏められている。未読の人は、新著が出る前に読んでみるべきだろう。

世界秩序の変化に対処するための原則