1月15日のユーロに対するスイスフラン上限撤廃から数日が経ち、当初差し障りの無いコメントしか出していなかったスイス国立銀行(スイスの中央銀行)のジョルダン総裁は徐々に心境を話し始めている。
スイスフランの突然の上限撤廃については上記記事で解説したが、2011年9月より続けてきた無制限介入(言い換えれば、下がり続けるユーロを高値で買うという約束)を突如撤回した影響は大きく、スイスフランは大きく上昇し、スイスの基幹産業である輸出業や観光業は早くも悲鳴を上げている。スイスの株式市場は連日下落し、大手時計メーカーのSwatchは21%、食品大手のNestleは12%、それぞれ値を崩している。
SwatchのCEO、ハイエック氏は、ブルームバーグによれば「絶句している。今日の中銀の行動は、輸出業者と観光業界、そして最後にはスイス全体を襲う津波だ」と述べた。スイス製であることを売りにしているスイスの時計メーカーは、生産拠点を国外に移すこともできず、通貨高による売上減を受け入れざるをえない状況に置かれている。
このように産業に著しい影響を与える決定を突如行ったスイス国立銀行のジョルダン総裁には、もっと緩やかな方向転換ができなかったのかと各界から非難の声も上がっている。IMFのラガルド専務理事は「スイス中銀の決定が適切だったかどうかの判断は、ジョルダン総裁と直接話すまで保留したい。彼がそう決断した理由は理解できるが、コミュニケーションは必要だったと思う。自分のところに事前に連絡がなかったのは少し驚いた」(CNBC、原文英語)と突然の決定にやや当惑の意を表した。
スイスフラン上限撤廃から1日が経過し、ジョルダン総裁は心中を明かし始めている。「ECB(欧州中央銀行)との金融政策の方向性の違いのため、スイスフランの上限は維持不可能だったと判断した。通貨介入は守られるべき経済上の利益によって正当化されるが、望むべき結果が実現不可能であればそのような政策は続けることができない。これがわれわれが達した結論だ」(ロイター、原文英語)
スイス国立銀行の突然の決定は金融市場とスイスの国内産業に大きな衝撃を与えているが、個人的にはジョルダン総裁の判断は正しかったのではないかと思う。市場関係者からは上限(ユーロの下限)を120から115に再設定することもできたのではないかという声も聞かれるが、市場との対話も含め、無制限介入を維持しながら弱気の見解を表明することは、スイスフラン買いを行う投機的資金を引き寄せることになる。介入をすべて止めてしまえば、スイス国立銀行にユーロを高値で売りつけようとする投機筋も集まりようがないのである。
スイスフランの急騰に関しては投資家への衝撃も大きかったようで、イギリスのFXブローカーであるアルパリは、顧客の損失を肩代わりせざるを得ない状況に追い込まれたとして16日付で破綻を申請した。米国のFXCMも破綻の危機に追い込まれ、他社に救済されるようである。
FRB(連邦準備制度)や日銀の大規模緩和を経て、投資家には昨今、中央銀行の方針に逆行しない傾向が根付いているが、こういうこともあるということである。あらゆる可能性を検討してから投資をするということの重要性を再確認させられる一件であった。