世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏が自身のブログで新著『国家はどのようにして一文無しになるのか?』(仮訳)の内容を紹介している。
今回は、政府債務の増加がインフレと通貨安に繋がった場合について語っている部分を紹介したい。
国家の衰退
ダリオ氏の新著は、繁栄した国家がインフレと債務増加で衰退してゆくまでのプロセスのうち、衰退の部分にフォーカスしたものである。
国家の繁栄から衰退までのサイクル全体については、前著『世界秩序の変化に対処するための原則』で解説されている。
前回の記事では、ダリオ氏は先進国の肥大化した債務がインフレや通貨安を引き起こし、中央銀行はそれを止めようとするが為替介入などは長期的な効果はなくやがて諦めると説明していた。
ダリオ氏のこの議論は未来の予想ではない。アメリカの前に覇権国家だった大英帝国やオランダ海上帝国などを含む歴史上の国家の衰退を実際に研究し、ほとんどのケースでそのシナリオを避けられないという歴史的事実を単に述べたものである。
だが現代のアメリカや日本だけがその運命を逃れられるという論拠が何か無い限り、日本やアメリカもおおむねその方向に進んでゆくと考えるのが論理的だろう。
通貨暴落のその後
通貨の暴落が止められないという状況は、アベノミクス以来日本円の価値がドルに対してほぼ半分になった日本の状況そのものである。だから予想どころか、それは既に起きている。
植田日銀総裁が長期的にはそれを止められないだろうというのも、恐らくその通りになるだろう。植田氏本人も恐らく分かっているはずだ。
さて、ダリオ氏が続いて説明するのは、中央銀行が通貨の防衛を諦めた後の話である。国債の発行が増加し、国債の価格が下落するが、中央銀行が紙幣印刷で国債買い入れを行えば急激なインフレになる。
中央銀行が通貨の下落を諦めた時点で通貨は大幅に下落しており、国民は輸入物価の高騰に苦しんでいるだろう(日本は既にそうなりつつあるが)。
だが国民の受難はそれだけではない。ダリオ氏は次のおように述べている。
この時点では、政府は資金繰りに困窮しており、多くの場合では資金を賄うために増税を行おうとする。
このような状況下で行われる増税とは、例えば資産税である。第2次世界大戦後の日本では日本国民の資産全体に対する課税が行われ、国民は資産の大半を政府に吸い上げられた。
それは戦争が原因だったわけではない。戦争によって生じた債務が原因だったのである。そして今の債務も結局はインフレか不況か増税で解決されるしかない。
資金の国外流出
この状況下では、政府も必死だが国民も必死である。ダリオ氏は次のように続けている。
個人や企業は増税の見込みが大きくなっていることを察知し、ますます資金を海外へ逃がそうとする。
だから政府は資本統制を実行し、資金流出を止めようとするが、その国や通貨から逃げようとする経済的圧力はあまりに大きく、政府はそれを止めることができない。
増税は資本統制と同時に実行されることが多い。資金の海外流出を止めるためである。
ここまで来れば政府と国民の本物の戦争である。元々政府がやってきた紙幣印刷や公共事業はそもそもそういうものだったのだが、インフレもそうだが、そういう政策の当然の結果が生じた後に国民は怒り出す。だが生じた後ではすべてが遅いのである。
結論
ダリオ氏は、日本やアメリカの債務の状況が歴史上何度も起きてきた上記のシナリオに繋がる可能性が高いと考えているらしい。だから以下の記事のような議論もしている。
20世紀の大経済学者フリードリヒ・フォン・ハイエク氏が『貨幣発行自由化論』で次のように述べていたことを思い出したい。
一般的な理解が不足しているために、紙幣発行の独占者による過剰発行という犯罪はいまだ許容されているだけではなく称賛さえされている。
インフレで預金の価値が無になった後に更に資産没収されるとすれば、散々ではないか。だがそんなことは歴史上何度も起きている。それがこれまでのインフレ政策の当然の結末なのである。
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貨幣発行自由化論