レイ・ダリオ氏: 米国の債務危機でドルの大幅下落かインフレ再燃は不可避

世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏が自身のブログで新著『国家はどのようにして一文無しになるのか?』(仮訳)の内容を紹介している。

今回はアメリカの財政赤字の問題とインフレ、そしてドル相場に関する部分を紹介したい。

アメリカの財政赤字

2025年に入り、ダリオ氏を含む多くのヘッジファンドマネージャーが話題にしているのはアメリカの財政赤字の問題である。

コロナ以後の現金給付でインフレになり、金利が上がったため、アメリカでは大量の米国債に多額の利払いが発生している。その金額はGDPの4%に達しつつある。

米国政府の財政赤字は6%だから、そのかなりの部分が借金の利払いで消えているというわけである。

しかもアメリカはこの利払いを米国債の新規発行で賄っているので、米国債の総量が増え、更に利払いが多くなるという負のスパイラルに突入しているのである。

ダリオ氏はこの問題が今年表面化することから、2025年の金融市場は波乱になると予想している。

だが株価が下落すれば債務問題が解決するというわけではない。GDP比121%の政府債務と、それに対する4%程度の金利がどうにもならない限り、問題はあり続ける。

緊縮財政は効かない

さて、では政府債務はどうすれば良いのか。このダリオ氏の新著における興味深い主張の1つは、緊縮財政は効かないというものである。

ダリオ氏は緊縮財政について次のように書いている。

緊縮財政は大きな間違いだ。緊縮財政は負債と収入のバランスをもとに戻してはくれない。

誰かの支出は別の誰かにとって収入なので、支出を減らすことは収入を減らすことに繋がる。

だから緊縮財政はデフレ的な経済減速のスパイラルを生む。

緊縮財政は政府の支出を減らすが、経済が落ち込んで収入も減ってしまうので、債務問題の解決にはならないという。

ダリオ氏のこの主張はどうだろう。アルゼンチンでハイパーインフレを解決したハビエル・ミレイ大統領のやり方をどう説明するのだろうか。

だがここは今回の記事の要点ではない。要点は、ダリオ氏が債務問題の解決のために必要な犠牲を新著で計算していることである。

債務解消のためのコスト

これまでの著書ではあまり専門的な内容に踏み込まず、入門者でも読める書き方で経済を説明していたダリオ氏だが、今回の新著にはそこそこ専門的な計算が含まれている。

それは今回のテーマが国家の破綻だからで、破綻が不可避かどうかを考えるためには債務の増加や金利に関するある程度の計算が必要となる。(ダリオ氏は計算が苦手な人はその箇所だけ読み飛ばしてくれと書いている。)

逆に言えばある程度金融の知識がある人にとっては、これまでの本では書かれていなかったダリオ氏の考え方を知れるわけで、そこが新著の魅力でもあるのだが、今回紹介するのは債務解決のために必要な数字についてである。

ダリオ氏によれば、上に書いた債務の負のスパイラルを単なる緊縮財政以外で解決する方法はいくつかある。金利上昇が問題なのだから、金融政策で金利を無理矢理抑えてしまうこと、あるいはインフレで借金そのものを実質的に無にしてしまうことである。

ダリオ氏はこれらが不可避だと考えているが、興味深いのはダリオ氏の計算である。ダリオ氏は、仮に金利低下だけで債務を持続可能な状態にしようと思えば、金利を1%まで下げなければならないと計算している。

また、債務をインフレだけで解決しようと思えば、インフレ率を4.5%まで上げなければならないと計算している。

インフレかドル安か

ダリオ氏も書いているが、金利低下はドル安を引き起こすので、これは要するにドル安かインフレかどちらかを選べということである。

だが両方おおごとである。まず金利1%だが、アメリカの長期金利は次のように推移している。

金利低下がドル安をもたらすことを考えれば、これが1%まで下落すればドルの下落幅はとんでもないことになるだろう。

あるいはインフレ率4.5%も、債務問題を長期的に解決するにはインフレが長期的に続かなければならないから、4.5%のインフレは例えば10年で50%以上のインフレをアメリカ国民が受け入れるということを意味する。

ダリオ氏の計算では、どちらかが達成されなければアメリカは債務膨張による不況をそのまま受け入れるしかない。

結論

ダリオ氏は実際にはその組み合わせが選ばれるだろうと言っているが、組み合わせても結局は同じだけの痛みをアメリカ国民は受け入れなければならないだろう。

しかもこの数字はCBO(議会予算局)の実質経済成長率3.8%という想定をそのまま受け入れた計算となっているが、コロナ後のGDP成長率の推移を見ればそれはかなり楽観的な数字であることが分かる。

3.8%が実現できなければ、アメリカが受け入れるドル安またはインフレはダリオ氏の計算よりも更に酷いものになる。

それはまさにダリオ氏が前著『世界秩序の変化に対処するための原則』で予想した、覇権国家アメリカの衰退の始まりである。ダリオ氏はその始まりが2025年だと予想している。さてどうなるかである。


世界秩序の変化に対処するための原則