レイ・ダリオ氏: 年老いた先進国経済では必然的にインフレが発生する

世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏がLinkedInのブログで新著『国家はどのようにして一文無しになるのか?』(仮訳)の内容を紹介している。

今回は先進国の経済ほど低成長とインフレに近づいてゆく理由について語っている部分を紹介したい。

若い国家と年老いた国家

ダリオ氏の新著のテーマは国家の興亡である。ダリオ氏は前著『世界秩序の変化に対処するための原則』において、国家が経済成長し大国になってから徐々に債務を増やしてインフレで衰退してゆくまでのサイクルを説明し、アメリカの以前に覇権国家だった大英帝国やオランダ海上帝国のケースについて解説していた。

ダリオ氏によれば、国にも人間と同じように若いか老いているかの違いがある。そして人間も子供が大人になり、徐々にしわや白髪が増え、最後は病に多く罹るようになり死に向かうように、国家にも年齢に相応の特徴というものがある。

国家の場合、債務の増加とインフレの発生が老年の特徴であり、コロナ後にそれが顕著になったので新著では国家の衰退のフェイズに着目した議論をしているのである。

先進国経済の低成長の理由

老いた国家の特徴は大きな債務とインフレの発生だと書いたが、国家の加齢にはもう1つ、それよりも早く現れる特徴があるだろう。

それは経済成長率が低くなることである。日本でも高度経済成長の頃には高い成長率を誇っていたが、今では低成長という意味でしっかり先進国の代表格のようなものである。

アメリカの経済成長率は日本よりも高いが、それでもかつてよりは低くなっている。

だが国家は先進国になるとなぜ経済成長率が低くなるのか。現代屈指のマクロ経済学者であるラリー・サマーズ氏は、その原因に人口動態などを指摘した長期停滞論によって有名になった。

しかしダリオ氏は新著において新たな原因を指摘している。

景気刺激と実体経済

ダリオ氏が指摘しているのは、政府や中央銀行が景気を刺激した時に実体経済に何が起こるかである。

ダリオ氏は需要と供給が価格を決定する様子について次のように述べている。

商品やサービスや金融資産の価格は、買い手が費やす金額の総量を売り手が販売する量で割ったものに等しいので、支出金額の総計と販売量の総計が分かれば、そのものの価格やその他知りたいことのすべてが分かる。

議論は明快である。一定数存在する商品に対して一定のお金が支出されたとき、価格が決まる。

だが問題は、この支出が政府や中央銀行によって人工的に急増させられた時にどうなるかである。

ダリオ氏はまず若い国家が景気刺激を行なったケースについて、次のように説明している。

お金と信用が新たに生み出され、(それにより支出が増加し、) 生産者には生産量を増やす余力がある場合、インフレなき経済成長が達成される可能性がある。

景気刺激とは需要が急に増えることにほかならない。物価は需要と供給で決まるから、もし供給が需要に対応して増えることができれば、インフレは起こらない。

ただ支出は増えるわけだから、インフレなき経済成長が実現するわけである。

これが若い国家の場合である。だが老いた国家の場合はどうなるか? ダリオ氏は次のように説明している。

お金と信用が新たに生み出され、(それにより支出が増加し、)一方で生産者には生産量を増やす余力がない場合、実質経済成長は起こらずインフレになる。

景気と生産能力

つまり、先進国の経済成長率が度重なる景気刺激にもかかわらず低下し、好景気よりもむしろインフレになってしまう理由は、ダリオ氏によれば生産能力を限界まで使ってしまっているからである。

例えば低い失業率は先進国経済の特徴であり、それ自体は悪いことではないのだが、逆に言えば景気刺激によって大きな需要増が起こっても企業は従業員を増やして生産を増やす余力など残っていないということである。もうみな雇われているからである。

だから失業率を3%から2%に下げるために強力な緩和などしたら、インフレになって当然なのである。

逆に、戦後の日本などは生産能力拡大の余地しかなかった。工場は焼き払われ、ほとんど何も生産されていなかったのだから、生産能力の拡大余地が大いにあり、それが高度経済成長に繋がったのである。

結論

ダリオ氏は次のように纏めている。

この原則は、サイクルの初期にインフレのない強い経済成長が起こり、サイクルの終盤に弱い経済成長と大きな物価上昇が起こる理由だ。

問題は、ダリオ氏のこの理論が先進国の低成長だけでなくインフレも予想してしまっていることである。

ダリオ氏は新著を書くことによって明らかにインフレと債務による先進国経済の衰退に備えている。

コロナ後のインフレによってその時は着実に近づいている。前著をまだ読んでいない人は、新著の出版前に読んでおくことをお勧めする。


世界秩序の変化に対処するための原則