レイ・ダリオ氏: 量的緩和が現金給付になったように、現金給付はやがてハイパーインフレに進化する

引き続き、世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏の新著『国家はどのようにして一文無しになるのか?』(仮訳)の紹介である。

今回はダリオ氏が先進国の金融政策の行方について語っている部分を紹介したい。

国家にも寿命がある

ダリオ氏は前著『世界秩序の変化に対処するための原則』の時から国家の興亡についての歴史研究をやっている。前回の記事では、ダリオ氏は国家が成長し大国になってから徐々に負債を増やしてインフレで破綻してゆくまでの国家の一生について説明していた。

ダリオ氏によれば、人間にも若者と年寄りがいるように、国家にも若者と年寄りがある。世界の大国は元々は実力で経済成長をしていたが、徐々に負債に頼るようになり、最終的には負債でも成長を保てなくなって衰退してゆく。

国家が繁栄から衰退の歴史的なサイクルの内、今どこにいるのかを計る上でダリオ氏は負債の量を指標の1つに挙げていたが、今回は別の指標について語っている部分を紹介する。

国家の年齢と金融政策

それは金融政策である。ダリオ氏は次のように述べている。

長期の債務サイクルの段階はどういう金融政策が使われているかにも表れている。

長期の債務サイクルが進行するにつれて、中央銀行は信用と負債と経済の拡大を保つために金融政策のやり方を変えなければならなくなる。

つまり、若い国と老いた国は異なる金融政策を使っているということである。

国家の寿命が近づくにつれて、金融政策はどう変わってゆくのか。ダリオ氏は順を追って説明している。

金本位制の段階

まず最初の段階は金本位制の段階である。この時点では通貨はゴールドやシルバーなどの現物資産の裏付けがある。

歴史的には、紙幣は元々ゴールドの預かり証だった。人々はゴールドを銀行に預け、預かり証である紙幣を中央銀行に持っていけばゴールドを取り戻すことができた。それこそが誰もが紙幣を信頼している理由だった。

だが歴史上金貨は徐々に政府によってゴールドの含有量を減らされてきたように、政府はゴールドの保有量を上回る紙幣を勝手に使うようになり、紙幣の保有者が中央銀行へ行ってもゴールドが返ってこない事態になった。

それで政府は紙幣を持ってきてもゴールドを返さないという決断を下した。1971年のニクソンショックである。

この時点をもって紙幣は本当に何の価値もないただの紙切れとなった。ダリオ氏は次のように述べている。

アメリカはこのタイプの金融政策を1944年から1971年まで使っていた。

だが何故か人々はその後も紙幣を使い続ける。

金融緩和の段階

政府はこれまで紙幣をゴールドの裏付けなく勝手に使うことで金融政策を行なってきたが、紙幣がそもそもただの紙切れとなった後は、金利操作と量的緩和の時代がやってくる。

どちらも金利を下げることを目的とした金融政策であることは変わらない。

金利低下は債務者の債務負担を押し下げることになり、政府自体が経済最大の債務者なので、政府は自分で金利を下げることによって何年も自分の債務負担を減らし続けてきた。

一方で預金者は本来、低金利政策がなければ受け取っていたはずの金利収入を失うことになる。だからダリオ氏は低金利政策を預金者から政府への資金流出だと指摘していた。

だがこの金利操作の段階も永遠には続かない。短期の金利も長期の金利もゼロに近づいてしまったとき、それ以上の大きな緩和ができなくなるからである。

現金給付の段階

低金利政策が限界に達したとき、政府はどうするのか。

それは現代ではコロナの後に起こった。現金給付である。中央銀行が紙幣を印刷して政府に資金を融通し、政府がそれを直接消費者に配る。

だがこの政策は経済全体に影響を与える規模で行えばインフレを引き起こす。

問題は、このプロセスが不可逆だということである。緩和政策はどんどん過激になってゆくが、その効果は薄くなってゆく。

現金給付に移行したのは量的緩和では十分ではなくなったからであり、現金給付がインフレを引き起こしたからといって前の段階に戻ることは出来ないのである。

だから60代の人間が50代に戻ることが出来ないように、国家もこのプロセスを前に進むしかない。では、現金給付の段階の次には何が起こるのか。

信用縮小の段階

それは、やや専門的に言えば信用縮小の段階であり、分かりやすく言えばこれまで増やしてきた借金のツケを何らかの形で払う段階である。それは国家の終わりを意味する。

ダリオ氏によれば、この段階では紙幣の信頼が地に堕ち、人々がゴールドなどの紙幣の代わりの資産に逃避する。

それは現代において既に始まっている。

インフレはものの価値が上がることではなく、紙幣の価値が下がることである。だから紙幣では十分なものが買えなくなる。

それに気付いた人から紙幣から逃げてゆく。そして人々が紙幣から逃げれば逃げるほど、インフレは酷くなる。

それでも経済危機は起きる。政府はどうするか。現金給付で更なるインフレを引き起こすか、緩和を諦めて景気減速を受け入れるしかない。

ダリオ氏の歴史研究によれば、人々が景気減速を受け入れる段階は、インフレが限界まで酷くならなければ起こらない。例えばアルゼンチンではそのフェイズが起こっている。

それがこれまで政府債務を膨張させてきたインフレ政策の最終的な結末である。政府債務は返済不可能だが、デフォルトを避けてインフレで実質的に帳消しにする方法がある。

そもそも政府のインフレ政策は、それを目指してきたのである。人々にとって何の得にもならないインフレをわざわざ目指した理由は、政府が自分の借金をインフレで帳消しにするためである。インフレのメリットは他にはない。

だからダリオ氏は次のように言っている。

この段階は国債の保有者がデフォルトかインフレのどちらか、あるいは両方によって焼かれた後に起きる。

結論

今回の記事と前回の記事で、先進国の経済が今どれほど老いているのかが読者にも分かったのではないだろうか。

ちなみにダリオ氏のこの研究は予想ではない。歴史上の覇権国家にこれまで起きてきた歴史的事実を纏めただけである。ダリオ氏は単にそれを今の先進国に当てはめて述べているだけだ。

アメリカ以前の覇権国家である大英帝国やオランダ海上帝国はその運命から逃れられなかった。詳しくは前著『世界秩序の変化に対処するための原則』に纏められている。

アメリカはこれまでの覇権国家が逃れられなかった運命から逃れられるのだろうか。読者はどう思うだろうか。


世界秩序の変化に対処するための原則