レイ・ダリオ氏: ドルは大英帝国のポンドと同じように長期的に下落してゆく

世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏が、著書『世界秩序の変化に対処するための原則』で米ドルの前に基軸通貨だった大英帝国のポンドを例に、基軸通貨がその地位を失ってゆく様子を解説している。

基軸通貨だった大英帝国のポンド

ドルの前の基軸通貨は大英帝国のポンドだった。そしてその前はオランダ海上帝国のギルダーだった。

ドルが基軸通貨である時代しか生きていない現代人は忘れがちだが、永遠に続く基軸通貨などなく、歴史的にはその寿命は100年から200年程度である。

それがダリオ氏の著書の趣旨である。では基軸通貨はどのようにしてその地位を失ってゆくのか。

ポンドが基軸通貨になったのは、イギリスで主に19世紀に起こった産業革命と、イギリスの植民地支配が主因である。

だが20世紀に入ると他の国も追いついてきた。ダリオ氏は次のように解説している。

国内の問題に加え、イギリスは競合相手国との競争に晒されるようになった。アフリカではフランスと、中東や中央アジアではロシアと、アメリカ大陸ではアメリカと争っていた。

だが一番重大な競争相手はドイツだった。

ダリオ氏によれば、圧倒的な軍事力を失いつつあることが覇権国家の寿命が近い兆候である。今のアメリカと比べれば、アフガニスタンからの撤退や、ウクライナ戦争でロシアを追い出せていないこと、あるいはそもそもベトナム戦争に勝てなかったことは、当時のイギリスの状況に近づいていると言える。

アメリカが中東などから撤退するのは良いことだが、それは同時にアメリカがそうせざるを得ないのだということも意味している。

更に、ドルに対抗するためにBRICS諸国などはドル以外の通貨で貿易の決済を行い始めている。

こうした動きを歴史的な観点の中でどう捉えるかである。

世界大戦とポンド

大英帝国に話を戻すと、イギリスは最大の競争相手となったドイツと第1次世界大戦と第2次世界大戦の両方で戦うことになる。どちらもイギリスが勝ったのだが、イギリスは結果として大きな経済的損失と負債を抱える。

ダリオ氏は次のように述べている。

イギリスは多くの負債を抱え、広大な帝国は利益よりも維持費を産むようになり、多くの国がイギリスに匹敵する力を蓄え、イギリス国内では貧富の差と政治的対立が目立つようになってきた。

他国への干渉から徐々に手を引いている今のアメリカが思い出されるが、ここでイギリスにとって重要なのは、第2次世界大戦で覇権国家の地位をアメリカに奪われたことである。

イギリスは戦勝国だが、アメリカが居なければドイツと日本に負けていただろう。また、アメリカとイギリスの国力の差は明らかになりつつあり、1945年には正式にアメリカが覇権国家となった。

戦後のポンドの運命

1944年のブレトンウッズ協定をもって基軸通貨はポンドからドルに移ったと言って良いだろうが、それでもポンドは多くの国の中央銀行が外貨準備として保有する準備通貨の1つではあった。

それも徐々に変わってゆくのだが、ダリオ氏は次のように言っている。

だがポンドが準備通貨の地位を失うには更に20年かかった。

英語が国際的なビジネスや外交の世界に深く織り込まれているように、準備通貨も同様に簡単には引き剥がされない。

覇権国家がオランダからイギリス、イギリスからアメリカへと移っていった流れが歴史的・長期的な動きであるように、通貨の流れも長期的なものである。

ダリオ氏は次のように続けている。

だがそれでもポンドは戦後、準備通貨としての地位を徐々に失っていった。

賢明な投資家たちがイギリスとアメリカの財政状況があまりに違うことに気付いたからだ。イギリスでは債務負担が増加し、外貨準備も少なくなり、それがポンドの保有の魅力を押し下げていた。

国力が弱ってゆけば、紙幣印刷や通貨安政策に頼るしかなくなる。日本がまさにそういう状況になっているが、そうすると外国の投資家からすればその国の通貨を保有すればどんどん下落してしまうので、資金がその国から逃げてゆく。

そうして、今まさに様々な国が政治的な理由でドルを避けようとしているように、あるいは下落を理由に日本円を持ちたいとは思わないように、ポンドは下落していった。

その原因は軍事力低下と債務と紙幣印刷なのである。

かつて世界の基軸通貨だったポンドはどうなったか。ダリオ氏はこう説明している。

ポンドの下落は複数回の大きな切り下げを伴う長期の出来事だった。1946年から47年までに何度かポンドが両替できなくなった後、1949年にはドルに対する30%の切り下げが行われた。

それは短期的には効果があったが、その後の20年でポンドでの決済は何度も支障をきたし、それが1967年の再度のポンド切り下げに繋がった。

そしてイギリスは1976年についに実質的に破綻し、IMFに救済されることになった。それが公式に大英帝国の一番最後の結末だろう。

結論

ダリオ氏の主張では、基軸通貨には寿命があり、ドルも永遠に基軸通貨でいられるわけではない。

そして寿命が近いのかどうかは、覇権を保てているのかどうか、競争相手国に負けていないかどうか、そして負債が原因で紙幣印刷に頼らなければならなくなっているかどうかである。

財政悪化が軍事力低下と負のスパイラルを起こし、覇権国家がこれまで行なっていた横暴に、力をつけた他国が反発するようになる。まさに今のアメリカの状況である。

ウクライナ情勢や中東情勢などを見れば、アメリカがかつての覇権を保てていないのは客観的に明らかである。そしてそれは、アメリカの債務が軍事費を圧迫していることが1つの原因であり、新財務長官のスコット・ベッセント氏もそう言っている。

ダリオ氏が『世界秩序の変化に対処するための原則』を書いたのは、単に歴史を振り返るためではない。大英帝国と今のアメリカを比べ、類似点を指摘し、そのまま進めばアメリカも大英帝国のようになると主張しているのである。

それは長期の視点である。だが歴史的視点がなければ、大局を理解して自分の資産を守ることはできないのである。


世界秩序の変化に対処するための原則