オーストリア学派の大経済学者、フリードリヒ・フォン・ハイエク氏の著書『貨幣発行自由化論』から、通貨の価値を下げる政府や中央銀行の紙幣印刷から国民が資産を守る方法を論じている部分を紹介したい。
インフレと貨幣価値の下落
コロナ後に先進国が行なった大量の量的緩和と現金給付によって各国はインフレまたは通貨安に晒された。
物価が上がったと人は言うが、より正確に言えば皆が持っている紙幣の価値が下がったのである。物価上昇と言えば「もの」の方を何とかすることを対処として考えがちだが、本当の問題は紙幣印刷によって紙幣の価値が下がっていることなのである。
前回の記事では、世界最大のヘッジファンドを創業したレイ・ダリオ氏が、歴史的に見てそもそも通貨とは価値が長期的に下げられてゆくもので、それは避けられないのだと論じていた。
だが何故通貨の価値は下がるのか。政治家が政府支出をしたいがために、中央銀行に紙幣を印刷させるからである。
それは止められないのか。そこが今回ハイエク氏が論じている論点である。
紙幣印刷の独占という特権
これまでの記事で書いた通り、政府が紙幣を印刷する理由は自分で積み上げた政府債務を無視して更に政府支出を行い、自分の票田からの期待に応えることである。
そしてそれは持っている紙幣の価値を薄められる国民の犠牲のもとに行われる。
だがそもそも何故中央銀行は紙幣を印刷し、紙幣の価値を勝手に薄められるのだろうか。ハイエク氏は次のように書いている。
何故人々は自分を搾取し騙すために恒常的に使われているこの特権を、2000年以上もの間政府に使わせたまま我慢しているのだろうか。
このことは、政府にこの特権は必要だという神話が、経済の専門家でさえもそれに疑問を抱こうとは思わないほど強固に根付いてしまっていることが原因だとしか説明できない。
通貨発行を自由化せよ
だがこの特権は、国民が決済や貯蓄に自国通貨しか使わないという事実によって生じている。誰もが日本円で貯蓄し生活しているから、その価値を薄められた時にインフレや通貨安という形で国民に災難が降りかかるのである。
これはいわば、国民が政府と中央銀行に自分の資産を薄めさせる権限を自主的に与えているようなものである。だからハイエク氏はそれを不思議がっているのである。
だが日本円を使えなければどうすれば良いのか。そこでハイエク氏は、『貨幣発行自由化論』の名前の通り、通貨の発行を自由化し、民間の業者も独自の通貨を発行できるようにすべきだと主張しているのである。
通貨同士を競争させる
重要な点は、国民に複数の通貨を使わせて、その中から自分の資産を守ってくれる通貨を選ばせるという点である。
驚くべきことに、ハイエク氏と同じようにオーストリア学派の経済学者でありアルゼンチンの大統領でもあるハビエル・ミレイ氏は、アルゼンチンで実際にそれを行なっている。
ミレイ氏は大手銀行と協力してドルでもアルゼンチン・ペソでも決済できるデビットカードを用意し、国民にどちらを使いたいか選ばせるようにしている。
そうすればどうなるか。政治家が自分の好きなように価値を薄められる通貨は誰も使わなくなるのである。
ハイエク氏は次のように言っている。
通貨が人々に受け入れられるように供給をコントロールすることは、個々の通貨の発行者の能力に委ねられる。そして彼らは競争によってそうすることを強いられる。
通貨の発行者は、その期待に応えることに失敗すれば自分のビジネスを即座に失うと理解している。
通貨の価値を守ることが発行者の利益に繋がる
この提案の根底には、他人の利益を守る者こそが自分も利益を得るべきだというオーストリア学派の経済学の信念がある。
その信念は、元を辿ればマクロ経済学の父アダム・スミス氏の『国富論』から始まっていいる。
ハイエク氏はこう続けている。
通貨発行業に参入して成功すれば、それはとても儲かるビジネスになる。そしてその成功は、通貨の発行者が自分で宣言した目標を遂行できるという信用を確立できるかどうかにかかっている。
この状況下では、利益を得たいという発行者の願望が、これまで政府が発行してきたような通貨よりも良い通貨を生み出すのではないか。
実際、例えばビットコインを発明したサトシ・ナカモト氏は大いに儲かったはずだ。彼こそがビットコインの最初の所有者だからである。
ビットコインには、供給を制限するという考え方が最初から存在している。ナカモト氏はもしかしたらハイエク氏の著書を読んでいたのかもしれない。
一方で、政府発行の現行通貨のように、発行者が好き放題に発行でき、価値がどんどん下がってゆく通貨はどうなるか。ハイエク氏は次のように述べている。
通貨の発行者間での競争は、報道や通貨取引所での監視によって激しいものとなる。
自分の発行した通貨の価値を守るために迅速に行動しなかった哀れな発行者は、厳しい批判に晒されることになるだろう。
人々にとって良いものを作る人こそが利益を得ることができるという経済学の考え方を、通貨にも適用すべきだとハイエク氏は言っているのである。そうすれば政府も紙幣印刷を濫用することはできなくなる。
だが現在はそうなっていない。アベノミクス以来、日本円の価値はドルに比べて約半分になっているが、それでも日本国民は日本円を使っている。
それは代わりがないからである。それでも状況に気付いている一部の人々は貴金属などを利用して自国通貨の価値下落を避けている。
政府発行の紙幣からの逃避は始まっている。通貨はこれからどうなるのか。ハイエク氏が提案したような世界は来るのだろうか。
筆者からすればハイエク氏の著書は何十年も前からある古典に過ぎないのだが、ここに来て彼の著作があまりに重要になっている。
貨幣発行自由化論