レイ・ダリオ氏: すべての通貨は最終的に価値を落とされて死ぬという歴史的事実を認識すべき

引き続き、世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏の著書『世界秩序の変化に対処するための原則』から、政府が発行する通貨の価値について論じている部分を紹介したい。

通貨の長期的な価値の推移

インフレと通貨安が問題になっている。それは銀行に預けてある紙幣の価値がどんどん下落しているという意味である。

とはいえ、未だに政府発行の通貨を信用している人は多いだろう。あるいはインフレや通貨安に危機感を持っている人でも、日本円でまったく貯金していない人は少数かもしれない。

だがダリオ氏は長期的な紙幣の価値下落は既に始まっていると前回の記事で述べていた。

その状況をよりよく理解するために、今日の記事ではもっと歴史的な視点を入れてみよう。ダリオ氏は次のように書いている。

1700年以来存在したおよそ750の通貨のうち、現代まで生き残っているのはそのたった20%ほどで、しかもそのすべては価値を下落させられている。

誰でも歴史の授業で聞いたことはあるかもしれない。昔の通貨はゴールドやシルバーで出来ていたが、含まれている貴金属の量はどんどん引き下げられ、最終的にはほとんど無価値な金属へと変えられていった。

これは紙幣になれば話は違うのだろうか? 同じである。紙幣は政府が印刷すれば量を簡単に増やせる。需要と供給の観点から、供給が増えれば価値は下落する。

だが人々はそれを歴史上の出来事だと思いこんでいないだろうか? 政府が眼の前で紙幣を刷り続けていても、それを現在と切り離して考えていないだろうか。

死にゆく通貨たち

しかし同じことは起こり続ける。ダリオ氏は歴史上の例を上げて次のように言っている。

例えば1850年に戻ってみれば、当時世界で主に使われていた通貨は現在の通貨とはまったく違うものだ。ドルとポンドとスイスフランは当時からあったが、当時主要だった通貨の多くは死んだ。

今ドイツと呼ばれている地域ではグルデンやターラーが使われていた。日本円は存在せず、日本では小判や両が使われていた。イタリアでは人々は6つあった通貨のうちのいくつかを使っていた。

いくらかの通貨は完全に葬り去られた。いくらかは他の通貨に統合された。そしていくらかは英ポンドや米ドルのように今でも残っているが、その価値は切り下げられている。

纏めるとこうである。過去を振り返れば、すべての通貨は価値がゼロになったか、そうでなければ価値を大きく減らされている。

通貨が無価値になる理由

上で述べた通り、硬貨でも紙幣でも同じことである。だが政府は何故通貨の価値を下げようとするのか? ダリオ氏は次のように述べている。

紙幣印刷の目的は債務負担を減らすことだ。

負債とは紙幣を返すという約束のことだから、紙幣を必要とする人に紙幣を与えれば、債務負担は軽減される。

100万円借金している人がいるとしよう。100万円返すのはそれほど簡単ではないかもしれない。だが政府がインフレを引き起こしてパン1つの値段が100万円になればどうか? 逆に言えば、それは100万円の借金を返すことが、パン1つを返すことと同じくらい簡単になったという意味である。

2%のインフレでも100%のインフレでも意味は同じである。だからインフレに一番恩恵を受けるのは債務者である。インフレは債務負担を軽減する。そして多くの国では、経済で最大の債務者とは政府自身である。

だから政府は自分の債務負担を減らすためにインフレを目指していたのである。それが通貨の価値が長期的に下落する根本原因である。そしてそれで犠牲になるのは、当然ながら価値が下がる国民の預金である。

インフレ政策とは国民の預金を犠牲にして政治家の積み上げた政府の債務負担を減らすことである。

通貨保有のリターン

では通貨を保有することは投資家にとって常に悪手なのだろうか? 実はそうでもない。ダリオ氏は次のように書いている。

通貨を保有することによるリターン(短期金利による収入を含む)は、一般的に言って1850年から1913年までゴールドの保有よりもパフォーマンスが良かった。

ほとんどの通貨はゴールドやシルバーに紐付けられていた上に、貸し借りのシステムは貸し手にも借り手にも有益だった。

ダリオ氏は、金利収入を含めた通貨保有のパフォーマンスを金価格と比べたチャートを『世界秩序の変化に対処するための原則』に載せている。

第1次世界大戦後にハイパーインフレで死んだドイツマルクを除けば、そのパフォーマンスは1960年代まで悪くない。特に2つの世界大戦の前までは、ドルなどの通貨はゴールドと紐付けられていたので価値自体はゴールドと変わらず、その上金利も付くのでゴールドよりもパフォーマンスが良かった。

各国の借金が増え始めた2つの世界大戦の時代にはパフォーマンスはやや悪くなるが、それでも上昇トレンドは維持していた。

それが下落トレンドに変わったのが1971年のニクソンショックである。アメリカがドル紙幣とゴールドの交換を停止し、金本位制を廃止した瞬間からドルの下落が始まり、その後は金利収入を合わせてもゴールドのパフォーマンスに勝てなくなる。

ゴールドに対するドルの価値を維持できなくなったから金本位制を廃止したのだから、当たり前と言えば当たり前である。

そしてその下落トレンドは今でも続いている。上がり続けている金価格のチャートを見ればそれが分かるだろう。

結論

結論から言えば、金本位制の廃止によってドル紙幣がゴールドの預かり証ではなくなった1971年のニクソンショックの時代にドルを見切って貴金属にシフトするべきだったのである。それがドル高の長期トレンドが終わった瞬間である。

ドルの価値はゴールドに対してそこから長期的に下落し続けている。そのドルに対してアベノミクス以来10年で価値が半分になっている日本円についてはもはや問題外である。日銀の植田総裁が事後処理を頑張ってはいるが、彼に出来ることは問題を最小化することで、解決は不可能だろう。

ダリオ氏が『世界秩序の変化に対処するための原則』に書いているような歴史的な観点を手に入れることは重要である。短期的な視点だけでは資産を守るための重要な選択を間違えてしまうからである。


世界秩序の変化に対処するための原則