引き続き、アルゼンチンの大統領でありオーストリア学派の経済学者であるハビエル・ミレイ氏の、レックス・フリードマン氏によるインタビューである。
今回はミレイ氏が年間200%を超えていたアルゼンチンのハイパーインフレをどのように打倒したかを語っている部分を紹介したい。
政府支出とインフレ
前回の記事では、ミレイ氏は大統領に就任した当初のアルゼンチン経済の状態について語っていた。アルゼンチンは長年の政府支出と紙幣印刷による通貨安によって年間200%以上のハイパーインフレに陥っていた。
だがミレイ氏は政治家による恣意的な支出を無駄と断じるオーストリア学派の経済学者である。そしてハイパーインフレに耐えかねたアルゼンチン国民は、ミレイ氏の主張する政府支出削減を支持し、ミレイ氏を大統領に選出した。
ミレイ氏の支出削減
大統領に就任したミレイ氏は何をしたか。ミレイ氏は次のように述べている。
選挙戦でわれわれが公約したことの1つは閣僚の数を減らすというものである。そして実際にその数を半分以下にした。省を9つにまで減らしたからだ。因みに今ではその数は8になっている。
ミレイ氏は閣僚の数を減らした。それはつまり省庁の数を減らすということでもある。政治家こそが経済の無駄の根源と考えるオーストリア学派の経済学者には当然のことである。
オーストリア学派を代表する経済学者のフリードリヒ・フォン・ハイエク氏は『貨幣論集』で、政治家が国民から税金を強制的に取り上げて自分の裁量で別の人にばら撒くことを窃盗と呼んでいた。
ミレイ氏はさらっと言っているが、日本に置き換えればそれがどれだけ凄いことかが分かるだろう。日本で省庁を半分潰すということになれば、官僚はどれだけ抵抗するだろうか? しかし例えば厚生労働省と社会保険がなくなれば、日本の給与所得者の生活はどれだけ楽になるだろうか。
ミレイ氏のやったのはそういうことである。更に、ハイエク氏の主張とまったく同じように、あらゆる補助金をなくした。ミレイ氏は次のように言っている。
公共事業を止めて地方への交付金をなくした。
また、補助金をなくして公共料金をまともな水準に戻した。
これも日本の例に即して考えてもらいたい。日本では例えばガソリンに多額の税金がかけられている。そして、意味の分からないことだが、同時にガソリンに対して補助金が出されていた。
何故わざわざ一度奪ってから金を出すのか? 何故ならば、奪われた金は消費者に返ってくる時には減っているからである。補助金は消費者ではなくガソリンの販売者に出されている。こうして政治家から金をもらった一部の業者が政治家を支持するというわけである。
これは手心を加えて言っても腐敗であり、率直に言えば単に窃盗である。こういう補助金に喜んでいる一部の日本国民は本物の馬鹿である。彼から1万円を取り上げて2,000円返してみてはどうか。彼は返ってきた2,000円に大喜びするだろう。
アルゼンチンの財政均衡
政治家が2,000円を返す時の原資の1万円は、税金で国民から徴収されるか、中央銀行による量的緩和、つまり紙幣印刷で賄われ、その場合には通貨安とインフレという形で国民から実質的に徴収される。
だからミレイ氏はこうした補助金を撤廃した。東京五輪や大阪万博などの公共事業もミレイ氏ならば真っ先に不要だと切り捨てるだろう。
そういう政治家は日本にはいない。だがハイパーインフレに耐えかねたアルゼンチン国民はミレイ氏を選んだ。
そしてどうなったか。ミレイ氏は次のように語っている。
こうしてアルゼンチンは財政に関しては収支の均衡を達成した。
「財政に関しては」というところがポイントである。何故ならば、アルゼンチンは政府債務を中央銀行に押し付けた結果、中央銀行が借金の利払いで赤字になっていたからである。前回の記事で説明している。
インフレ主義者の主張によれば、中央銀行は紙幣を印刷できるから破綻しないのではなかったのか? インフレ主義者のこういう主張は事実に反する虚偽である。何故ならば、インフレ政策はいずれ大幅な通貨安という犠牲を払わなければ紙幣印刷ができない地点に達する。
日本円の下落を止めるのが難しい今の状況は、アルゼンチンが陥ったその状態の一歩手前にあると言える。中央銀行も破綻するのである。日本人はそうなりたいのだろうか。
ミレイ氏の正のスパイラル
だが、紙幣印刷が通貨安を呼び、国の状況が更に悪化して更なる紙幣印刷に繋がってゆく負のスパイラルがどんどん加速してゆくのと同様、逆のスパイラルも一旦回り始めればそのトレンドは自動で加速してゆく。
ミレイ氏は次のように述べている。
財政の均衡を達成し、支出のために紙幣印刷をしなくても良い状態になると、債務の利払いなども払えるようになり、そうすると国債市場が再び機能し始めた。
ミレイ氏がアルゼンチンの巨額の財政赤字を消し去ったとき、金融市場では何が起きるか。国債の利回りが下がるのである。アルゼンチン国債に信頼が戻り、投資家の資金がアルゼンチンの国債市場に戻ってくる。
そうして金利が下がると、政府の利払い負担が軽くなってゆく。
そうしてミレイ氏はアルゼンチンの財政を正常化してゆく。ミレイ氏は次のように述べている。
だから中央銀行の負っていた負債を財務省に戻した。元々負債はそこにあるべきだからだ。
まさに日本でも行われているインフレ政策を逆回転させているわけである。
結論
さて、ミレイ氏はこうして財政赤字の解消とインフレの沈静化を成し遂げたわけだが、しかしミレイ氏の一番重要な論点はそこにはない。
ミレイ氏は次のように述べている。
われわれがしたことは、単に人類史上最大の財政改善を行なったということだけではない。何故ならば、GDPの15%の財政赤字が単になくなっただけでなく、そのほとんどは低インフレ、つまり通貨発行による利権の減少という形で国民に返還されたからだ。
政府が奪っていたすべてのリソースは今や民間の手に戻された。
税金と通貨安とインフレは、どれも形が違うだけですべて政府債務の国民による肩代わりである。
インフレ政策を支持した人に言っておくが、インフレ政策で得をするのは負債を抱えている人である。何故ならば、紙幣の価値が薄まれば、得をするのはそれを返さなければならない人で、損をするのは紙幣を持っている人だからである。
そして紙幣を持っているのは国民で、紙幣を返さなければならないのは政府である。
だからミレイ氏は税金と通貨安とインフレをすべてなくした。そして政府が国民から(ミレイ氏の言葉によれば暴力によって)奪われていた資金は、国民が自由に使えるようになった。
それで経済は一番効率よく回る。それがオーストリア学派の経済学である。
これはハイエク氏などが『貨幣論集』で数十年前からずっと言っていたことなのだが、アルゼンチン国民は自国の経済がハイパーインフレになって初めてそれを理解した。
人は痛みを伴うまで本当の意味では理解しない。日本国民が同じことに気づくためには、日本人はインフレ政策によってどれだけの痛みを経験しなければならないだろうか。
貨幣論集