アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏がハーバード大学でのインタビューで、ドナルド・トランプ氏が勝利した11月のアメリカ大統領選挙について語っている。
民主党が敗北した原因
クリントン政権の財務長官を務めたサマーズ氏は、もちろん民主党の支持者である。だが政敵のトランプ氏でさえも敬意を公言しているアメリカ最大の頭脳の1人でもある。
だからハリス氏が負けた今回の選挙では色々言いたいこともあるだろう。日付が近いCNNでのインタビューでは感情的な言い方が目立ったが、こちらのインタビューではいつもの冷静な分析が戻っているので、こちらを紹介したい。
ハリス氏は何故負けたか。筆者の分析はハリス氏の人格によるものであり、その分析は選挙の前に終わらせている。
民主党敗北の理由
だがサマーズ氏の分析はもっと経済学者らしいものである。
サマーズ氏は次のように始めている。
民主党政権がインフレを十分に重要視しなかったために選挙で右派が大きく勝利したことは、過去75年で3回ある。
1968年のリチャード・ニクソン大統領の選挙、ベトナム戦争におけるリンドン・ジョンソン大統領の選挙、そしてジミー・カーター大統領がロナルド・レーガン大統領に負けた1980年の選挙だ。
ニクソン大統領は、金融業界ではドル紙幣を無制限に刷りたいがために金本位制度を終わらせた人物として有名である。
そしてその後インフレ政策はカーター大統領にも引き継がれてインフレが頂点に達し、レーガン大統領の時代にポール・ボルカー議長がそれを終わらせたのである。
何故その話をするのか? サマーズ氏は今年の選挙もそれと同じだと言いたいのである。
サマーズ氏は次のように続けている。
そして今回、ほとんどすべての出口調査で物価高騰と高金利は、人々が民主党を支持しなかった最大の理由だった。
インフレと有権者
2022年にはインフレはウクライナ情勢のせいだというデマがマスコミを席巻したが、少なくともアメリカではもはや誰もそんなことを信じてはいない。原因はコロナ後の現金給付である。
だが原因を厳密に分析することは議論を要するだろう。サマーズ氏は次のように述べている。
インフレのどれだけが景気刺激策のせいで、どれだけが金融政策のせいで、どれだけがパンデミックのせいで仕方なかったのかという細かい議論はある。
だが今物価が高くなっている理由は2021年の緩和政策のせいだということは合理的に言えるだろうし、2021年の過激な緩和がなければ、インフレが起こったとしても民主党はもっと非難を避けやすかっただろう。
珍しくサマーズ氏がトランプ氏を責めていないが、筆者はコロナ後の現金給付の規模とタイミングから、インフレの3割がトランプ氏、7割がバイデン氏のせいだと考えている。以下の記事で詳しい分析を書いている。
また、量的緩和がなければアメリカ政府はそれをファイナンスすることができなかっただろうから、中央銀行もまた原因の1つなのである。
更にサマーズ氏は、インフレが政治家にとって毒となりうる別の理由も説明している。サマーズ氏は次のように解説している。
心理的な問題もある。賃金が7%上がって、物価も7%上がった場合、人々は「これで実質賃金の変化はゼロだ」とは言わない。人々は「仕事を頑張って給料が7%上がったのにすべてインフレに取られた」と言う。
失業率が2%上がれば、失業した人は全体の2%だ。だが物価が上昇すればそれを感じる人は100%だ。
これは興味深い観点だ。ニクソン氏やカーター氏を含め、インフレを引き起こした政治家が選挙で負けている理由の1つだろう。
そうした大統領の時代の物価高騰から40年が経過し、インフレが遠い昔のこととなっていた2021年、政治家も国民もインフレを軽視し、インフレ政策などと言って自分からインフレを引き起こそうとした。
その結果がこれである。何度も言うが、例えば日銀の植田総裁も言っている通り、インフレ率はゼロである時が経済にとってもっとも効率的である。インフレを自ら引き起こそうとする考えは、自分の預金を自分でドブに捨てる考えにほかならない。
レイ・ダリオ氏が『世界秩序の変化に対処するための原則』で説明していたように、大英帝国など歴史上の大国は債務とインフレで衰退し、国民もその犠牲となった。
日本も円安によって既に国民から多くのものが失われているが、それほど気にしているようには見えない。
現実を見ない国民からは更に多くのものが失われるだろう。歴史上の大国でもそうなってきたのである。
世界秩序の変化に対処するための原則