アメリカ大統領選挙で勝利したドナルド・トランプ氏が、新政権の財務長官にヘッジファンドマネージャーのスコット・ベッセント氏を指名した。そのベッセント氏がトランプ新大統領に提言する3つの経済政策を発表している。
ベッセント氏、財務長官へ
ベッセント氏はジョージ・ソロス氏のソロス・ファンド・マネジメントを運用していた人物である。現CEOのドーン・フィッツパトリック氏の先輩、クォンタムファンドを運用していたスタンレー・ドラッケンミラー氏の後輩にあたる。
つまりはベッセント氏は相場を予想できる本物の投資家である。アメリカの財務長官に相場が分かる人物が就任するのは初めてではないか。
ベッセント氏は選挙前からトランプ氏を支援し、トランプ氏優勢なら株高、ハリス氏優勢なら株安と予想していた。
ベッセント氏の3-3-3
そのベッセント氏が財務長官になるにあたり、トランプ氏に提案する「3-3-3」という3つの経済政策を発表している。
これはその名の通り3という数字を持つ3つの政策のことで、どうやらこれは安倍元首相の「3つの矢」をもじっているらしい。
しかし内容は異なる。ベッセント氏の3つの政策は以下の通りである。
- 3%の実質経済成長
- 2028年までに財政赤字をGDP比3%に
- 原油の生産を日量300万バレル増加
原油の生産を増やすというのは日本では出来ないのは自明だが、明らかな違いは財政赤字を減らすと言っているところで、投資家にとってこれは非常に重要である。
何人かの投資家はこれまでトランプ政権の景気刺激により、財政赤字が拡大して金利が上昇すると予想してきた。
財政赤字が拡大すれば国債発行が増え、国債価格が下落するからである。
しかし、財政赤字縮小を訴えるベッセント氏が財務長官に選ばれたことで、アメリカの長期金利は下落している。
3%の実質経済成長
ベッセント氏、そしてトランプ氏が財政赤字縮小にどれだけ本気かは分からないが、とりあえずベッセント氏の3-3-3の詳細を見てみよう。
ベッセント氏は6月にManhattan Instituteのインタビューで3-3-3について語っている。そこから先ず「3%の実質経済成長」について説明している部分を抜き出すと、次のようになる。
どのようにして実現するか? 規制緩和、エネルギー資源の生産拡大、インフレ打倒、そして民間が安心して設備投資を行える環境を作り、それを政府支出の代わりにすることだ。
ちなみに2017年から2020年までの前トランプ政権の経済成長率は年間2.5%程度か、コロナ禍を含めればそれ以下である。
だからベッセント氏は前政権時以上の経済成長を目指していることになる。だが法人減税などの政策は前政権でやり尽くしてしまったので、今回できることは限られていると以下の記事で書いておいた。
しかも前政権では緩和政策で2.5%の経済成長を実現することで、インフレ率は2%まで上がっている。だから前トランプ政権はインフレが目標を超えないギリギリの緩和をやったことになる。
そのコントロールは大したものなのだが、それは同時にそれ以上緩和すればインフレは加速していたということを意味している。だから筆者には、ベッセント氏の3%目標は無理だと思うのである。
原油の生産を日量300万バレル増加
次に、原油の生産を増やす提言について考えてみよう。ベッセント氏は次のように言っている。
そうすれば原油価格を大幅に下げることができる。原油はインフレを左右する最大の要因だから、インフレも下がる。
これはトランプ氏が選挙戦で言っていたことである。ベッセント氏の入れ知恵だったのだろう。
だがこれについてはすでに筆者が実現可能性を検証している。詳しくは以下の記事を読んでもらいたいが、次のように書いておいた。
だが、仮にトランプ氏がアメリカの原油生産を10%から30%程度増やしたとしても、世界の生産量を1.6%から4.8%増加させるに過ぎない。
日量300万バレルはアメリカの原油生産が25%ほど増加することを意味するので、仮にそれが実現可能だとしても原油価格の下落は4%程度だろう。それがどれだけの下落かは原油価格のチャートを見てほしい。
財政赤字をGDP比3%まで縮小
さて、最後に財政赤字だが、投資家にとってはここが一番重要だろう。アメリカのGDP比財政赤字は次のようになっている。
これについてベッセント氏は次のように言っている。
財政赤字を6%や7%にしたのはトランプ氏ではない。トランプ政権下では平均して4%だったと思う。だからそれを3%まで下げる。
財政赤字を拡大したのはバイデン大統領だと言いたいのである。そしてそれは事実である。以下の記事で説明したように、ばら撒きでインフレを引き起こした原因の7割ほどはバイデン氏にある。残りの3割はトランプ氏である。
だが緩和を好むトランプ氏が財政赤字を本当に減らせるのか。少なくとも財政赤字縮小を訴えるベッセント氏を選んだのは、そういう意志はあるということなのだろう。
モデルとなるのはアルゼンチンのミレイ大統領だろう。財政支出によってハイパーインフレに陥ったアルゼンチンで、ミレイ氏は緊縮財政によってインフレ率を211%から数パーセントまで押し下げた上で、来年の経済成長は5%以上と予想されている。
トランプ氏とベッセント氏に同じことが可能だろうか。そして彼らはどれだけ本気だろうか。
結論
以下の記事で書いたが、政府支出を減らすことに関してはTeslaのイーロン・マスク氏も絡んでいる。
仮に政府支出を減らすのが本気だったとしても、その分の景気減速はどう補うのかと言えば、レイ・ダリオ氏が住宅バブル崩壊後の中国に緊縮財政と金融緩和を提言したように、低金利政策だろう。
ベッセント氏も同じ戦略を取りたいと思っているらしく、Fed(連邦準備制度)について次のように言っている。
Fedに関して言えば、ちゃんとした金融緩和のサイクルに移るべきだろう。
アメリカは本当に財政赤字を減らせるのか。ここで財政赤字拡大かつインフレ再加速となれば、ダリオ氏が著書『世界秩序の変化に対処するための原則』で予言していた、アメリカが負債とインフレで覇権国家から転落する大英帝国シナリオへの第一歩となる。
逆にベッセント氏が有言実行すれば、アメリカは短期的であれそれを回避する道に進むことになる。だがここで書いたようにベッセント氏の提言には実現性が薄い。現状では単に目標を立てただけのように思える。
新生トランプ政権はこれからどうなるか。来年からのトランプ氏に注目したい。
世界秩序の変化に対処するための原則