引き続き、アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏のダートマス大学でのインタビューである。
今回は2008年のリーマンショックの原因となった金融機関を規制したときの話を紹介したい。
2008年リーマンショック
以前の記事ではサマーズ氏は政府による規制について語っていた。それにはサマーズ氏がクリントン政権時代に関与した規制緩和について学生から責められる一場面もあった。
今回の記事は、2008年のリーマンショック後の銀行規制にサマーズ氏が関わった話である。サマーズ氏は次のように言っている。
オバマ政権入りしてから6ヶ月ほどでリーマンショックに対処するための会議があったと思う。
リーマンショックの原因となったのは高リスクの住宅ローンを纏めて証券化した金融商品である。そこに銀行や投資銀行などのトレーダーが投機的資金をつぎ込んだ結果、不動産バブルが発生し、投機による損失で大手銀行が崩壊しかねないほどの損失がアメリカ経済に発生した。
当然株価も暴落した。金融工学の負の側面とも言えるこの住宅バブル崩壊に対してアメリカの世論は激怒していた。
トレーダーの報酬制限
当時のオバマ大統領はそれを知りながら、投機で火傷をした大手銀行を潰してしまうわけにはいかないために、破綻した銀行や証券会社を救済しなければならない立場に置かれていた。
政府によって救済された企業は政府の手中にあった。だが救済した投資銀行のトレーダーたちに従来の莫大な報酬を払い続けると、金融危機の原因を引き起こしたトレーダーたちに何億も支払うことを政府が是認しているように見えてしまう。
だから世論にはバンカーたちの莫大な報酬を制限すべきだという声が上がった。当時のことをサマーズ氏は次のように説明している。
オバマ大統領の政治アドバイザーたちは「これらすべての企業に年収制限を課すべきだ」「誰も100万ドル以上の年収を得られないように年収を制限する必要がある」と主張していた。
問題は、ウォール街で100万ドルの年収制限を掛ければ、優秀なトレーダーは誰も来なくなることである。優秀なトレーダーほどもっと儲けている。しかも、トレーダーが全員住宅バブル崩壊にかかわったわけでもない。それらもすべて給与をカットしてしまうのか。
サマーズ氏は次のように述べている。
わたしはもっと注意して動くべきだと思った。これらの企業が生き返るかどうかにアメリカの国益がかかっていた。もし経営が上手く行かなければ、アメリカにとってもっとコストが大きくなってしまう。
サマーズ氏には、年収制限を掛ければ投資銀行の中に優秀な人が誰もいなくなるという未来が見えていた。救済された銀行がそういう状況になれば、政府がその銀行に投下した資金は回収できないだろう。
だがサマーズ氏のそういう見方に対するオバマ大統領の意見は次のようなものだった。
オバマ大統領はわたしに「ラリー、君は本当に億万長者たちの味方なんだね」と言った。わたしは「そうではありませんが、もっと慎重に動くべきです」と答えた。政治アドバイザーたちは冷たく笑っていた。
会議が終わり、わたしは少し落ち込んでいた。
オバマ大統領との電話
だがその5時間後、オバマ大統領から電話がかかってきて、次のように言われたという。
ラリー、わたしはこれらの企業を救済したことで矢面に立たされている。これらの救済をせずに経済恐慌になれば一般の国民にとってもっと酷いことになるということ、自分の行動は正しいということは理解しているが、結果としてわたしは矢面に立たされている。
わたしがこれをやり遂げられるかどうかは、国民の信頼を保てるかどうかにかかっている。だから君の懸念についてもっと教えてくれ。
聞く耳があったことがオバマ大統領の尊敬すべき点だとサマーズ氏は言う。そのオバマ大統領に対してサマーズ氏は次のように返答した。
問題はこうです。金融危機とは無関係の、責任感あるまともな人がいて、その人は銀行で行なったトレーディングの利益から8%をもらうという契約をしているとします。
彼は2,000万ドル稼いだので、その8%は160万ドルです。だから彼は契約通り160万ドルを貰おうとするでしょうが、それがもらえなくなれば、その銀行を辞めて例えばヘッジファンドに行こうとするでしょう。
では銀行のポートフォリオは誰が運用するのですか。
サマーズ氏は現役では世界最高のマクロ経済学者だが、その頭脳の優れた点は、複雑な話を明快に語ることのできることである。
サマーズ氏は次のように続けている。
オバマ大統領は、わたしの言うことを理解してくれた。
そしてわれわれは、様々な方法で給与を制限しはするものの、元々の案ほど一方的で不合理ではない法案を作ることができた。
結論
筆者がアメリカ民主党を支持することは恐らくないが、オバマ大統領の優れた点は、優れた人材を見分け、その意見を聞くことができる点だろう。
オバマ氏は実はサマーズ氏をFed(連邦準備制度)の議長にしようとしたのだが、民主党内部からの反対によって断念した経緯がある。以下の記事で自分を「左派の中では右派」と主張していたサマーズ氏の自己評価を裏付けるエピソードである。
だが結局、リーマンショックを引き起こした投資銀行のトレーダーたちが罰せられることはほとんどなかった。一方で、優れたヘッジファンドマネージャーたちは住宅ローンをめぐる投機にかなり前から警鐘を鳴らしていた。
例えばジョージ・ソロス氏はリーマンショックを解説した著書『ソロスは警告する』で次のように書いている。
多くの場合、住宅ローンを提供する不動産ブローカーや金融機関は、破綻の可能性を承知の上でこれらのローンを貸し付けていたのだ。
また、リーマンショックの予想と言えばジョン・ポールソン氏が有名である。以下の記事も参考にしてもらいたい。
ソロスは警告する