アメリカの財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏がダートマス大学でのインタビューで、原子力に関する規制を例に、政府による規制について語っている。
サマーズ氏と銀行規制
このダートマス大学におけるインタビューでは、サマーズ氏は資本主義の本質について興味深い話題を語っていた。
そしてサマーズ氏はその後学生からの質問に答えているのだが、学生の1人が「クリントン政権下であなたがグラス・スティーガル法を規制緩和したことが2008年の金融危機を引き起こしたが、あなたはそれを後悔しているか」と質問した。
グラス・スティーガル法は、通常の銀行業務をする銀行とゴールドマン・サックスなどの投資銀行の業務を分離する法律で、サマーズ氏はこのグラス・スティーガル法の部分的な撤廃に関わっているのだが、サマーズ氏はその学生の質問を受け止めた上で次のように穏やかに反論している。
アメリカのどういう企業で当時の金融危機が起こったかを考えれば、そのほとんどは銀行業と投資銀行業が統合された組織ではなかった。
ファニーメイやフレディマックは投資銀行部門を持つ銀行ではない。リーマンブラザーズやベアスターンズは純粋な投資銀行だった。AIGは保険会社だ。
グラス・スティーガル法はリーマンショックの原因としてよくやり玉に挙げられるが、事実はサマーズ氏が述べる通りである。リーマンショックの大部分はグラス・スティーガル法とは無関係の場所で発生した。
銀行業と投資銀行業の両方をやる組織で、リーマンショックにおいて破綻しかけたのはシティグループぐらいだが、シティグループについてはサマーズ氏は次のように述べている。
シティグループはゴールドマン・サックスのライバルだったソロモン・ブラザーズを買収したが、それはわれわれがグラス・スティーガル法に修正を加える前の話だ。
1998年から2008年までの10年間、グラス・スティーガル法の部分的撤廃のあとに起こった事例で、それまでのグラス・スティーガル法のもとでは不可能だった事例は1つもない。
業界を規制する難しさ
明らかに学生の質問が雑だったのだが、サマーズ氏はハーバード大学の学長だった時代、学生が教授に自由に意見を言えることを大切にしていて、それを彷彿とさせる微笑ましいやり取りである。
サマーズ氏自身が自分の発言のせいで左派の教授たちに学長職を追い出されているから、気持ちが分かるのだろう。
そしてサマーズ氏は規制緩和を批判した学生に次のように続けている。
そういうことを心配するのは正しいことだ。だが一方で、ある業界に対する規制は、その業界のことを知っている人物にやってほしいと思うはずだ。規制する業界について何の経験もない人物に規制をさせると、それはまた別の問題を生む。
規制の根本的な問題は、ある業界の規制はその業界に詳しい人物にさせるべきだが、その業界に詳しい人物は高い確率でその業界に同情的だということである。
それは金融業だけの話ではない。サマーズ氏は、自分とは無関係だという理由で、原子力の規制を例に次のように言う。
例えば原子力工学や原子炉についてどう考えるべきか。原子炉を規制する人物は、原子炉についてよく知っていて、しっかり研究してきた誰かであってほしいはずだ。
だが原子炉が本質的に安全ではないと考えている人は、そもそも原子炉について研究しようとは思わないだろう。
原子炉について研究した後はどうする? 原子炉や原子力発電の会社で働くか、原子力について教えるか、原子力に関するコンサルをやるか、どれにしても自分の人生が原子炉にかかっている。
そうして原発推進寄りの原子力の規制チームが出来上がるわけだ。一方で、反原発な原子力の専門家はどうやって作るのか?
結論
それが根本的な問題なのである。専門家はそもそもその業界に同情的だ。
この問題はどうすれば解決できるのか? サマーズ氏は次のように結論している。
だから専門家を利害から隔離することは、この複雑な社会における非常に困難な問題だ。そして恐らく正しい答えは、専門家を確保した上でその人物をしっかり監査することだろう。
だがそれも完全ではないだろう。このように規制の問題は根本的な欠陥を完全には排除できないのである。