The Solid Ground Newsletterを発行しているアナリストのラッセル・ネイピア氏が、Skagen Funds主催の講演会で金利上昇後の資産運用について語っている。
世界経済は変わったのか
世界経済はコロナ前の低金利・低インフレ経済から、コロナ後の高金利・高インフレ経済に変わった。
少なくとも一部の著名投資家は、インフレは終わっていないと予想している。
ネイピア氏もその1人のようである。彼は世界経済のトレンドが変わったと主張している。
ネイピア氏は次のような例え話から議論を始める。
ある年寄りの魚が泳いでいたら、2匹の若い魚がやってきた。
年寄りの魚は言った。いい天気ですね。今日は水の具合はどうですか?
すると若い魚のうち1匹はもう1匹に言った。水って何?
ネイピア氏が言いたいのは、ある環境に長く居すぎると、それが当たり前になってしまうということである。
そして金融市場でこそそれは危ない。多くの投資家は、これまでの金利低下・インフレ率低下のトレンドが当たり前だと思っている。
それを頭では分かっていても、今の投資家の常識はデフレの状況下で作られたものであり、当たり前のように前提としていることでもインフレの時代では通用しないことがある。
ネイピア氏は次のように述べる。
水は永遠に変わらないと言うのは簡単だが、水は変わった。
新時代の世界経済
新たな時代とは何か。例えば政府債務が莫大になっていることである。
いや、厳密に言えば莫大な政府債務に金利が付き始めたことである。これまではゼロ金利で借金がどれだけ増えても利払いはなかったが、インフレで金利が上昇したことで、莫大な政府債務に利払いが生じてしまっている。
ジョニー・ヘイコック氏は今のアメリカの債務の状況について次のように言っていた。
歴史を振り返れば、大国において負債への利払いが国防費を上回るとき、もうその国は長くはもたない。
だから機関投資家たちは第1次世界大戦後のドイツのように、政府の借金がインフレで帳消しになるシナリオを想定している。それは日本も同じである。
犠牲になるのは誰か。預金者と、そして国債の保有者である。ネイピア氏は次のように言う。
債務をインフレで帳消しにしながら債券の保有者に良い実質リターンを与えることはできない。
だからネイピア氏は米国債を保有してはならないと言う。金利低下・インフレ率低下の局面では国債は最良の投資対象だった。それが過去40年の経験である。だがその時代はもう終わった。
S&P 500に投資してはならない
さて、世界は他にどう変わったか。ネイピア氏は次のように述べている。
世界が変わったもう1つの理由は、中国が自分の債務をインフレで帳消しにしなければならないことだ。
ネイピア氏は中国経済について語っているのではない。世界の金融市場における中国の役割について語っているのである。
ネイピア氏は次のように続ける。
中国では農民の都市部への大移動という人類史上最大の人口移動があり、大量の資本投資が行われ、中国は経常黒字と資本移動等黒字を計上した。資本は流れ込んできたが、出てゆくことは許されていなかったからだ。
それでどうなったか? 中国政府は中央銀行に米国債やドイツ国債やフランス国債などの国債を大量に買わせる介入を行なうことになった。
急激な経済成長を遂げながらも、資本移動を規制したことで資本が国外に出られなかった中国では外貨をもてあました。
その帳尻を合わせたのが中央銀行である。結果として中国の外貨準備は物凄い金額になっている。
ネイピア氏は次のように続ける。
中国だけでなくアジア全体が同じことをしていた。アジア諸国は5兆ドルを越える規模の西側諸国の国債を買っていた。
それは西側諸国の金利低下に大きく貢献したはずだ。
それで西側諸国では何が起きたか? S&P 500のバリュエーションは上がった。ハイテク株のバリュエーションはもっと上がった。アメリカの企業はお金を借りた。ハイテク株はもっと借りた。
つまり、これまでの世界では中国が(そしてアジア諸国が)米国債を買っていたことでアメリカの金利低下に貢献していたということである。
だが今度は中国が不動産バブル崩壊によって自国の金利を下押ししなければならない状況に陥っている。
中国は米国債を買っている状況ではなくなっているが、同時に買いたいとも思っていない。ウクライナ戦争以後、ドル資産を持っていればアメリカの都合で資産を取り上げられると分かったからである。
米国債はアジア諸国による買い支えを失いつつある。それは金利上昇に繋がり、米国株にとっても下押し圧力になる。
製造業を中国に取られたアメリカ
更に、ウクライナやパレスチナの情勢は各国を貿易から遠ざけている。中国はアメリカの半導体を買えなくなった。自由貿易がこれまでのトレンドであれば、ブロック経済がこれからのトレンドである。
これまでのトレンドである自由貿易はアメリカに何をもたらしたか。ネイピア氏は次のように語っている。
米国企業は製造業から手を引いた。工場はすべて中国に行った。米国企業は最新鋭のビジネスに集中した。そしてS&P 500の季節調整済み株価収益率は34倍まで上がった。
それがこれまでわれわれが泳いでいた水がもたらした結果だ。
だがその水は変わっている。だからS&P 500には投資をしてはならないということだ。S&P 500は古いシステムから最大の利益を得た企業なのだ。
中国は半導体を買えなくなった。アメリカはそれで喜んでいるかもしれないが、それは中国が反撃をしない間だけである。
ネイピア氏は次のように語っている。
彼らは半導体チップを自分で作ろうとしている。そしてわれわれは製造業をやらなければならなくなる。
その時代の抱える問題を解決する企業に投資しなければならない。それがこれまで15年の歴史だ。では今後15年を見た場合には、今後15年の問題を解決するのはどういう企業か?
そういう銘柄は株式市場にたくさんある。だがそれらはインデックスには入っていない。当然だ。過去30年で中国の過剰投資によってほぼ完全に打ちのめされたからだ。
S&P 500は大型株インデックスである。つまり、これまで成功してきた企業しか入っていない。
それはトレンドが変わらない間は上手く行くだろう。環境が変わらない限り、これから成功する企業はこれまで成功してきた企業である。
それがS&P 500が過去40年上がり続けている理由である。
しかしそれは「環境が変わらない限り」という条件付きであり、この重要な条件をほとんどの投資家は真剣に考えていない。
コロナ初期のロックダウンにおいて各国政府が即座に現金給付を決定した時、Bridgewaterのレイ・ダリオ氏はすぐに著書『世界秩序の変化に対処するための原則』の執筆を開始し、インフレと債務問題がどのように過去の覇権国家を衰退させたかを説明して、新たな時代はどのような時代になるかを予想した。
その後、多くの識者がダリオ氏の意見に賛同し、今や著名投資家の間では共通認識となりつつある。
S&P 500を盲目的に買っている人はそこから乗り遅れているのである。投資をするときには、その根拠をしっかり確認することだ。
世界秩序の変化に対処するための原則