毎四半期恒例のForm 13Fが公開され、機関投資家の2016年末時点での米国株買い持ちポジションが開示された。ジョージ・ソロス氏については2017年の始めから既に報じており、トランプ相場空売りで彼が大きな損失を出したことは以下の記事で伝えた通りである。
しかし、Form 13Fで公開されたポートフォリオ内の個別銘柄を眺めてゆくと、別の側面も明らかになってくる。今回の記事ではその辺りを報じてゆく。
マクロで失敗、ミクロで成功
先ず、ソロス氏がポートフォリオ全体としてトランプ相場に反する取引をし、損失を出したことについては、Form 13Fの内容にも痕跡が残っている。
Form 13Fでは株式と株式オプションの買いポジションだけが公開されるため、単純な空売りについては開示されていない。しかし株価の下落に賭けることの出来るプットオプションの買いは公開内容に含まれており、ソロス氏のプットのポジションには以下のようなものが含まれている。
- S&P 500 ETF プット買い 1.1億ドル
- Russell 2000 ETF プット買い 3.3億ドル
Russell 2000は米国の小型株指数であり、ソロス氏はこちらの方が主要指数のS&P 500よりも下落した場合の利幅が大きいと踏んでいるようである。金額はオプション自体の価格ではなく、権利行使時に売ることの出来る株式の時価となっている。
例えば株価指数先物の売りなどは公開されないため、上記のプットのポジションの規模は280億ドルとも言われるソロス氏の総資産のあまりに僅かな一部だが、こうしたポジションは上記のニュースでソロス氏が損失を出したとされる投資の一部であることは確かだろう。
逆に空売りを行う際に損失を最小限に抑えられるオプションを多用しなかったことが損失を拡大したのかもしれないし、あるいは年末の時点ではもう大半の空売りポジションを閉じていたという可能性もある。
概ね成功している個別株選定
いずれにしてもソロス氏はポートフォリオ全体で損失を出している。しかし一方で、個別株の買いは比較的成功していると言える。先物の売りで米国株全体を売り持ちにしながら、個別銘柄を買い持ちにするというのは、機関投資家にとっては普通の取引である。
例えば最大ポジションのLiberty Broadband Corp (NASDAQ:LBRDA; Google Finance)である。アメリカでインターネットプロバイダなどの事業を行なっている企業だが、ソロス氏はこの銘柄を6.2億ドル保有している。
この銘柄はアメリカ大統領選挙の頃から株価が25%ほど上昇している。その理由はトランプ政権の規制緩和にあり、典型的なトランプ銘柄である。
米国ではオバマ政権と民主党が「ネットの中立性」を担保するという錦の御旗のもとに政府がインターネットを管理するための規制が行われてきた。ドイツのメルケル首相が提案するインターネット検閲と同じく、ソーシャルメディアの拡大によって大手メディアの偏向報道から人心が離れていることをリベラルの政治家は憂慮しているのである。
アメリカにおけるこの規制はインターネットプロバイダ事業者に多くの問題を突き付けてきた。コスト削減のために通信帯域の調整を行うにしても、政府機関であるFCCに一つ一つ伺いを立てなければ、それが合法かどうか分からないという状況である。
与党となった共和党およびトランプ大統領は、この規制を撤廃しようとしている。だからプロバイダ株が上がっているのである。コスト削減などもこれまでより自由に行えることだろう。
ソロス氏がこのネット規制についてどう考えているのかどうかは知らないが、彼は大統領選挙ではヒラリー・クリントン氏支持を公言した民主党支持者であり、またメルケル首相の移民政策にも支持を表明しているリベラルの政治活動家として知られている。
巨額の資金をリベラルな政治活動に投入しているソロス氏からすれば、トランプ政権の政策については間違いなく面白くは思っていないだろう。しかしそれでもソロス氏の米国株個別銘柄最大ポジションは、明らかなトランプ銘柄なのである。
結論
わたしはこれでこそソロス氏だと賞賛したいと思っている。政治的主張と客観的投資判断を混同するなどということは素人のやることであり、ソロス氏がトランプ相場空売りで損を出したというニュースを聞いた時にはかなり失望したものである。
ちなみにわたしはトランプ政権誕生で即座にリスクオフポジションを手仕舞った。
しかし、ソロス氏は少なくとも個別銘柄ではマクロの投資方針よりも上手くやっているようである。
Liberty Broadband Corpのような彼自身の政治方針に反した個別銘柄の選択には、本来のソロス氏の投資方針を見て取ることが出来る。これは賞賛すべき矛盾である。ソロス氏は今後投資パフォーマンスを回復することが出来るだろうか? ヘッジファンドの投資戦略については今後も報じてゆく。