米国に麻薬密売人を流入させているメキシコ、大統領が壁ではなく懸け橋を求める

1月20日にドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領に就任し、今後周辺国に対してどのような姿勢で外交に臨んでゆくのかが注目されているが、もっとも厳しい立場に立たされているのがメキシコである。

アメリカとメキシコの貿易摩擦

トランプ大統領のメキシコ批判には複数の側面がある。先ず第一に挙げられるのは貿易摩擦である。アメリカとメキシコの二国間経常収支は500億ドルでメキシコの貿易黒字となっており、これはメキシコのGDPの4%程度を占めている。メキシコ経済はかなりの程度アメリカの消費に依存しているのである。

この状況はメキシコに工場を作って製品を生産し、それを隣のアメリカに輸出しようとするグローバル企業によって加速している。トランプ大統領はGeneral Motorsなどアメリカの自動車産業のこうした動きを、アメリカから雇用を流出させるものとして選挙中から批判してきた。一方でFordなどはトランプ氏の発言に反応してアメリカに生産拠点を戻すと表明し、トランプ大統領は感謝の言葉を送っている。

トランプ大統領はこの貿易摩擦を解消しようとしている。これはメキシコ側からすれば大問題である。貿易摩擦が消えてしまえば、メキシコのGDPがそれだけで4%も下がってしまうことになる。メキシコの通貨であるペソは、こうしたアメリカからの資金流入が停滞する恐れを受け、大統領選挙後に20%ほど暴落している。以下はドルペソのチャート(上方向がドル高ペソ安)である。

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著名投資家のジム・ロジャーズ氏などは保護貿易はすべての国にとってマイナスとなると繰り返し警告している。優れた事業家であるトランプ大統領はそれを当然理解しているだろう。それでもトランプ氏が強気でいられる根拠は、アメリカの貿易赤字である。

アメリカはメキシコ、日本、中国などの国に対して貿易赤字を抱えている。保護貿易は相手国のみならずアメリカにもダメージを与えるだろうが、しかし損害が大きいのは輸出して資金を得ている側、つまり貿易黒字となっている側である。

したがって保護貿易を回避するインセンティブは、アメリカよりもメキシコ、日本、中国の側の方に大きいということになる。だから交渉の場にさえ引き込んでしまえば、その結果がどうなろうとも、アメリカの方に有利な交渉結果になるとトランプ氏は踏んでいるのである。

投資家はトランプ氏が優れた不動産投資家であるという事実を忘れてはならない。高い収益を生むホテルやビルを買収するためには既存のオーナーと話を付けなければならず、彼はそうした交渉を何十年も日常としてきたのである。彼は交渉のプロであり、メディアが言うようなただの馬鹿ではない。投資家はその事実を忘れるべきではないだろう。

一方で、いまだに「トランプ大統領にTPPの重要性を訴えかけていく」と的外れの主張をしている安倍首相や、「メキシコに工場を作る計画は見直さない」とわざわざメディアの前で不要な発言をしたトヨタ自動車の豊田章男社長は、ただの馬鹿である。日本人の交渉能力は致命的である。以下の記事で取り上げた通り、日本政府はBrexitの際にも馬鹿なことを言っていた。

彼らはこうした発言が一体何をどのように前進させるのか、考えてみると良いのである。

メキシコの対応

さて、矢面に立たされているメキシコだが、メキシコ大統領のペニャ・ニエト大統領はトランプ政権のこうした姿勢に対し、「対立も服従もしない、解決策は対話と交渉にある」(AFP)として、理性的な対応を継続してゆく姿勢を表明した。

メキシコ政府はアメリカ大統領選挙の頃からトランプ氏に批判されており、難しい対応を迫られてきたが、一貫して理性的な解決を目指すとの我慢強い姿勢を示している。何しろ対応を間違えれば自国のGDPが4%分飛ぶのだから、メキシコ政府も必死である。

しかしトランプ大統領が問題としているのは貿易赤字だけではない。トランプ氏は選挙時より、アメリカと国境を接するメキシコから麻薬密売人を含む犯罪者が流入してきていると指摘しており、アメリカとメキシコの間に壁を作ると発言して話題となった。しかもトランプ氏はこの壁の建設費用をメキシコ政府に負担させると公約している。

一部の(あるいは大半の)リベラルメディアはこの問題を人種差別の問題と混同しているが、これは純粋に国家の安全保障の話である。犯罪者の流入を止めることが国家の役割でないと言うのであれば、一体安全保障とは何の事だと言うのだろうか。

しかし、この問題に対してメキシコ大統領は「メキシコはいかなる主権国家に対しても自国の安全保障の権利を認めるとはいえ、わが国が信じるのは壁ではなく、懸け橋だ」とピントのずれた発言をしている。

この問題を日本人の読者にも分かりやすい例えで言うならば、仮に例えば近隣国である中国か朝鮮半島から大量の犯罪者が船で日本列島に押し寄せてきたと仮定しよう。日本政府はそうした現状に対し向こうの政府に抗議するが、向こうは「では壁ではなく懸け橋を作りましょう」と提案してきたとする。

彼らは言葉を理解出来ないのだろうか? アメリカとメキシコの国境の現状とはそういうものである。もはや日本人には意味が分からないが、現在の欧米ではこのような意味の分からない理屈が当たり前のものとして跋扈している。

そしてこうした風潮に反対しようものならば、以下の記事で引用したように、ヒラリー・クリントン氏のような人間に屑呼ばわりされるわけである。

一般的に言って、トランプ支持者の半分は屑の集まりだと呼べる人々だろう。人種差別主義者、性差別主義者、同性愛嫌悪、外国人嫌悪、イスラム嫌悪など何とでも呼べる。

しかし人々は着実にこの偽善に気付きつつある。イギリスがEUを離脱し、アメリカはトランプ氏を大統領に選んだ。次に注目されるのはフランスとイタリアの総選挙である。この二国のどちらかでもEUかユーロ圏から離脱することがあれば、統一ヨーロッパは終わりである。

欧米の政治情勢については今後も報じてゆく。