11月のアメリカ大統領選挙が少しずつ近づいてきた。ドナルド・トランプ前大統領とカマラ・ハリス副大統領のどちらが勝つのか。今回の記事では両候補が勝利するための条件について考えてみたい。
アメリカ大統領選挙
アメリカでは世論調査の支持率は揺れ動いている。数ヶ月前には、多くの人々が暗殺事件を生き延びたトランプ氏の勝利が決まったように考えていた。
だがその結果ジョー・バイデン大統領は候補から降り、後継者にハリス副大統領を指名した。
それからハリス氏の率いる民主党の支持率は持ち直している。大統領選挙はどうなるのか。
大統領選挙の勝者を決める要因
今回の大統領選挙の行方を占う上で持ち出したいのが、期待制御という考え方である。
政治やビジネスの世界には期待制御という考え方がある。有権者や顧客の期待をコントロールすることで政治上・ビジネス上の目的を達成しようとする考え方である。
筆者は今回の大統領選挙の結果を大きく左右するのがこの期待制御だと考えている。
何故か。例えば2016年にトランプ氏がヒラリー・クリントン氏に勝利した大統領選挙を思い出したい。
今ではあまり想像できないかもしれないが、当時トランプ氏は泡沫候補の1人だった。誰もトランプ氏が本当に大統領になるとは思っていなかった。
彼の発言は今よりも過激であり、トランプ氏が大統領になれば政治は無茶苦茶になり株式市場は崩壊すると誰もが信じていた。
例えばヘッジファンドマネージャーのスタンレー・ドラッケンミラー氏は、その偏見から誰よりも早く脱することでトランプ相場に乗り大きな利益を得たのである。彼は当時トランプ氏の政策について次のように言っている。
保護貿易の恐怖ばかりが強調されているが、その他の政策におけるプラスの面に比べてそれは誇張され過ぎている。
2016年にトランプ氏が勝利した理由
では、何故過激で無茶苦茶な泡沫候補だったトランプ氏は共和党の指名を勝ち取り、民主党のクリントン氏に勝つことができたのか。
筆者はその理由が巧みな期待制御にあったと考えている。
つまり、トランプ氏に対する有権者の期待は最初からあまりに低かった。有権者はトランプ氏が無茶苦茶なことを言うのは当たり前だと考え、彼から何かしらのまともな考えが出てくるとは期待していなかった。
だがトランプ氏が選挙戦で主張したのは無茶苦茶な考えだけではなかった。例えば上の記事でドラッケンミラー氏が着目したような、景気を大幅に刺激する経済政策は、トランプ氏の政策の詳細に耳を傾けていたビジネスマンには届いていたはずである。
また、トランプ氏の意見をよく聞けば、彼は外交政策に関してもまともなことを言っていた。例えば彼はアメリカがベトナムやイラクやシリアやアフガニスタンなどで繰り返してきた他国への軍事的介入を止めると言った。
それはアメリカが海外で良いことをしているというまったくのデマを信じている人々以外には、あまりにまともに響いたはずである。
纏めるとこうである。トランプ氏は当初有権者の期待を非常に低く設定し、仮にトランプ氏がどれだけ馬鹿なことを言ったとしても支持率が下がらない状況を作り上げた。そしてそこからまともな主張を散りばめることで、あまりに低かった期待を一気に上げていったのである。
2016年にクリントン氏が負けた理由
一方で、2016年にトランプ氏の対立候補だったヒラリー・クリントン氏はその逆をやっていた。
クリントン氏は無茶苦茶なトランプ氏とは真逆の「まともな」候補としてアメリカの有権者にアピールしていた。つまり、低い期待値から始めたトランプ氏とは逆で、高い期待値から始めたわけである。
だが実際には、クリントン氏は喋れば喋るほど個人的な弱点を晒すことになった。彼女は対立候補であるトランプ氏の支持者たちを「救いようのない人たち」と罵り、トランプ氏に即座に「自分ならクリントン氏の支持者であっても尊重するのに」と返答されるなど、本来票を奪わなければならないトランプ氏の支持者たちを突き放していった。
このように、2016年の大統領選挙は期待値を下から上へ制御したトランプ氏と、上から下に制御してしまったクリントン氏の闘いであり、トランプ氏は期待制御に成功したことでクリントン氏に勝利したのである。
2020年にトランプ氏が負けた理由
だが2020年の大統領選挙ではトランプ氏は逆をやってしまった。4年間の大統領任期で、トランプ氏はある程度まともな政治家だということを有権者にアピールしてしまっていた。
トランプ氏の敗因は2020年から始まったコロナ禍を、口の上では軽視したことである。実際にはむしろバイデン氏の支持者に好かれているコロナワクチンは、トランプ氏が開発の速度を早めることを許可したことによって実現したものである。
だからワクチン支持の多かったバイデン氏の支持者が、トランプ氏がコロナ禍を軽視したとして批判するのは実は現実に即していない。だがトランプ氏はコロナを軽視するような発言をしたことによって不必要に自分のイメージを落としてしまった。
だが考えてもらいたいのだが、2016年に泡沫候補だった頃のトランプ氏がコロナを軽視しても、誰もトランプ氏にマイナス評価を与えなかっただろう。当時、トランプ氏とはそういう人物だと「期待」されていたからである。
だが2020年には4年間の大統領経験である程度まともな政治家だという期待を作り上げてしまったために、コロナを軽視する発言が自分に刺さってしまったのである。
つまり、2020年の大統領選挙におけるトランプ氏の期待は、2016年のクリントン氏のように上から下に行ってしまった。期待制御に失敗したことがトランプ氏の敗因だったのである。
今年の大統領選挙
では今年はどうなるか。まずトランプ氏にとって有利なのは、2016年ほどではないものの、トランプ氏への期待が下がっていたことである。
コロナを軽視し、大統領選挙の結果を否定した人物としてトランプ氏の評価は低かった。だが繰り返すが初めに評価が低いことは、そこから巻き返すだけの主張を秘めている人物にとっては期待制御の観点からはむしろプラスなのである。
逆にハリス副大統領はどうだろうか。彼女の評価は現時点において高いと筆者は考えている。実際には、彼女の本当の人柄を考えるとこの評価は高すぎる。
日本人はハリス氏についてほとんど知らないだろうが、それは第一にハリス氏が副大統領としてほとんど何もやっていないからであり、第二にはハリス氏がどのようにしてここまでのし上がってきた人物かということが日本ではほとんど報道されていないからである。
不倫で成り上がったハリス氏
今や民主党の中心人物であり、アメリカ初の女性黒人大統領になれるかと騒がれているハリス氏だが、彼女の人生には彼女がその地位まで上り詰めることのできた最大の立役者がいる。元サンフランシスコ市長のウィリー・ブラウン氏である。
ハリス氏は20代の頃、31歳年上のブラウン氏と不倫関係にあった。しかもそれは互いに互いを利用するための関係でもあった。ブラウン氏はハリス氏を州委員会に取り立て、彼女が検事としての選挙に当選することを手助けした。一方でハリス氏は、収賄疑惑のあったブラウン氏を検事として立件しようとは決してしなかったのである。
そのハリス氏は今や女性の大統領候補として注目されている。だが彼女は本当にアメリカのフェミニストたちにアピールできるのか。フェミニストたちはトランプ氏よりはましだという理由でハリス氏に投票するかもしれないが、そのハリス氏は31歳年上の男性に取り入って役職に取り立ててもらっていた人物なのである。それは果たしてフェミニストたちが理想とする女性像なのか。
ハリス氏は逃げ切れるのか
日本とは違って、アメリカでは多くの人々はハリス氏のこうした経歴を知っている。だが今のところは、ハリス氏が黙っている限りハリス氏を「リベラル派の政治家」という記号として支持しているようである。
Bridgewaterのレイ・ダリオ氏は、ハリス氏は自分の考えの詳細を語らないことによってリベラル派の支持を纏めていると分析していた。
これは高い期待値から始めた政治家の勝利のパターンである。何も喋らないことによって当初の高い期待値を維持しながら当選する。
これは日本では菅義偉氏や岸田文雄氏が採用した戦略である。彼らは何も喋らないことによって支持を集め、当選後には喋ることによって支持を落とした。
結論
はっきり言ってこうした政治家に騙される有権者は馬鹿である。だがわれわれ投資家は彼らが馬鹿かどうかは置いておいて、選挙がどうなるかを予想しなければならない。
だからトランプ氏にとっては、今年の大統領選挙に勝てるかどうかは、ハリス氏にどれだけ喋らせることができるかどうかにかかっている。トランプ氏は一時ハリス氏との討論会をやらないとの報道も出たが、それは完全な悪手である。トランプ氏はハリス氏に喋らせなければならない。
一方でハリス氏は逃げ切ろうとしている。彼女は一対一のインタビューでさえ受けようとしない。最近唯一のインタビューでは、一対一の対談を拒否して副大統領候補のウォルズ氏を同伴することを条件とし、WSJに「松葉杖」付きだと揶揄された。
今回の大統領選挙は、ハリス氏がどれだけ喋らずにいられるかによって決まるだろう。彼女は特に女性の支持者を失いかねないパーソナリティを秘めている。沈黙は金である。