サマーズ氏: トランプ前大統領のような不動産屋にマクロ経済や金利が分かる訳がない

引き続き、アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏のBloombergによるインタビューである。

今回は中央銀行の独立性について述べている部分を紹介する。

大統領と中央銀行

11月のアメリカ大統領選挙は財政政策だけでなく、Fed(連邦準備制度)の金融政策にも影響を及ぼす可能性がある。

何故ならば、ドナルド・トランプ前大統領は最近の記者会見で次のように言っているからである。

大統領は金融政策について少なくとも意見を持つべきだと強く感じる。

多くの場合、わたしならFedの議長やメンバーよりも優れた直感を持っている。

トランプ氏は大統領になったら金利を下げたいと言っている。だからFedに利下げするよう圧力をかけるということだろう。

中央銀行の独立性

一般的に、中央銀行は政治と独立であるべきだということが言われている。政治家が中央銀行をコントロール出来るようになれば、政治家は自由に紙幣印刷や利下げをやってインフレを起こすだろうということである。

その観点からサマーズ氏は、中央銀行に干渉したいというトランプ氏のアイデアに次のようにコメントしている。

トランプ前大統領はそういうことをこれまでも言っているから驚いたとは言わないが、それがどれだけ悪いアイデアかということについては驚くべきものがある。

FOMCの19人のメンバーは自分の時間のほとんどすべてをあらゆる経済統計の分析に費やしている。大統領にもたくさんやることがあるが、経済に関わる時間についてはFOMCメンバーに遠く及ばない。

更にトランプ氏個人へのあてつけとして次のように続けている。

経済予想のための技能と不動産事業者として成功するための技能はまったく別のものだろう。

トランプ氏の金融政策

実際どうだろうか。例えばパウエル議長の金融引き締めが株価を下落させた2018年の世界同時株安では、パウエル氏が最後まで自分の政策は株価下落と関係ないと言い張った一方で、トランプ氏はその原因を的確に理解していた。

何故それが可能だったのか。サマーズ氏には1つ見落としていることがある。

サマーズ氏は学者なので、何でも自分の頭でやらなければならないという先入観がある。だがトランプ氏はビジネスマンであり、ビジネスマンはすべての仕事を自分でやる必要のないことを知っている。

2018年のトランプ氏の発言や最近のインフレに関する発言を見ていると、トランプ氏は明らかに金融に関して世界トップクラスの誰かの助言を得ているようである。

リーマンショックで大儲けしたジョン・ポールソン氏はトランプ氏の選挙戦に資金提供しているので、彼からの助言は少なくともあるのだろう。

パウエル議長も最近になってジェフリー・ガンドラック氏やレイ・ダリオ氏などの意見を数ヶ月遅れでオウム返しするようになった。自分では経済のことは分からないと気付いてヘッジファンドマネージャーの意見をフォローするようになったのだろう。

ガンドラック氏は、2021年にインフレの危険性を何の根拠もなく無視したFedの博士号持ちのエコノミストたちは全員解雇して問題ないと主張していた。

だから中央銀行家と政治家と、どちらの方が経済が分かるかと言えば、どちらも分からないのである。だから結局は誰の意見に耳を傾けるかに左右される。

インフレを引き起こした政治家と中央銀行家たち

また、サマーズ氏は中央銀行の独立性が脅かされることでインフレが起きやすくなると主張する。彼は次のように言っている。

大統領やその候補者は景気を刺激して国民を喜ばせるためにいつでも紙幣印刷と低金利を欲しがる。

だがそれは実際には人々を喜ばせるのではなく、単にインフレ期待を上げ、実際にインフレを加速させてしまう。

それが1972年頃にニクソン大統領がアーサー・バーンズ議長を批判した時に起こったことだ。

ニクソン大統領はニクソンショックで金本位制度を廃止し、紙幣を本物の紙切れにした人物である。

ニクソン氏とバーンズ氏の組み合わせは1970年代のインフレを引き起こし、1980年のポール・ボルカー議長による金融引き締めに繋がってゆく。

もしかしたらバイデン大統領とパウエル議長も同じように歴史に名を残すかもしれない。

結論

確かに政治家が中央銀行を自由に操れたとすれば、彼らは自由に金融緩和をやり、最終的にはインフレを引き起こすだろう。

だがサマーズ氏が見落としていることがある。別に政治家が中央銀行に介入しなかった期間でさえ、中央銀行家は自分の意志で金融緩和をやり、1980年から金利は下がり続け、リーマンショックでゼロ金利になり、紙幣印刷から現金給付を経て世界的なインフレへと繋がったのである。

中央銀行家も政治家も同じである。自分の職を維持するためには金融引き締めで経済を悪化させるよりは、インフレ政策でバブルとインフレを引き起こした方が良い。

経済学者フリードリヒ・フォン・ハイエク氏は『貨幣論集』で次のように言っている。

短期において支持を獲得することができれば、長期的な効果について気にかける政治家が果たしているだろうか。

結局、ハイエク氏の言うように、インフレを止めるためには中央銀行を廃止するしかない。

そしてそれで良いのである。中央銀行はどうせ市場の短期金利の動向を後追いして金利を動かすだけなのだから、何故彼らに何千万もの年収を支払う必要があるだろうか。


貨幣論集