アメリカの戦略石油備蓄の補充は原油価格を上昇させるか?

米国のインフレ動向を予想する上で原油価格は非常に大きな意味を持っているが、それを考える上で非常に重要なのが米国の戦略石油備蓄の先行きである。

インフレと原油価格

アメリカ大統領選挙が11月に迫る中、インフレに関する次期大統領の政策が注目されている。

特に、トランプ前大統領は金利を高く保つよりも原油価格を下げることによってインフレを退治すると主張している。

トランプ氏はこの公約を政策の要としている。トランプ氏曰く、原油価格の下落はインフレ退治だけでなく産油国ロシアとの交渉のためにも必要だからである。

アメリカの戦略石油備蓄

だが一方でトランプ氏はFOX NEWSによるインタビューで、アメリカの戦略石油備蓄を補充するとも主張している。だがこれは原油価格の下落とは矛盾する考えなのである。

そもそも戦略石油備蓄とは何か。戦略石油備蓄は石油危機などの非常事態に備えて国が石油を蓄えておくもので、アメリカではバイデン政権が自らの脱炭素政策によって化石燃料の生産を減らした結果化石燃料が足りなくなったので、戦略石油備蓄で不足を補ったのである。

だからバイデン政権下でアメリカの戦略石油備蓄は急減している。これを補充する、つまりアメリカ政府が石油を買うわけだから、当然に原油価格にとっては押し上げ要因となり、トランプ氏の原油価格下落公約とは矛盾してしまうわけである。

戦略石油備蓄と原油市場

トランプ氏としてはバイデン氏が減らしてしまった石油備蓄を元に戻さなければならないので、それは仕方のないことなのだが、この状況はトランプ氏にとって元々困難な原油価格の押し下げを更に難しくしてしまう。

戦略石油備蓄はもしもの時に国全体の何ヶ月分かのエネルギー消費を補うためのものだから、かなりの規模の備蓄である。バイデン政権下では石油備蓄はおよそ7億バレルから3.8億バレルまで減っている。

これを元々の水準に戻すとすると、アメリカ政府は3.2億バレル買い入れることになる。アメリカの原油生産は年間48億バレルほどだから、アメリカの年間の生産量のおよそ7%をアメリカ政府は購入する計算になる。

結論

それがトランプ氏にとって何を意味するか。筆者は以下の記事で、トランプ氏がアメリカの原油生産量を増やせたとしても10%から30%程度だろうと推計した。

アメリカ1国だけで原油の供給を変えるのはその程度が限界である。しかし戦略石油備蓄の補充は年間の生産量の7%を奪ってしまう。

また、仮にアメリカが原油生産量を30%増やしたとしても、原油価格への影響は5%程度だろうと上の記事では分析した。

だがアメリカのその僅かな影響力も戦略石油備蓄が奪ってしまうことになる。

このことはトランプ氏は当然考慮に入れているだろうが、どうやって彼は原油価格を下げるつもりなのだろうか。あるいは彼は本気でインフレを抑えるつもりがあるのだろうか。

インフレ再燃なら貴金属が高騰するシナリオとなるだろう。だがそれはまず景気が減速してからとなる。