アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏が、The Aspen Instituteにおけるインタビューでアメリカ経済の現状と11月の大統領選挙後の展望について語っているので紹介したい。
アメリカ経済の現状
1回目の大統領選挙討論会も終わり、大統領選挙も本格化し始めている一方で、アメリカ経済はここのところインフレ減速の気配を見せている。
アメリカ経済はこのまま緩やかな減速に向かってゆくというのが市場全体の雰囲気のように見える。だがサマーズ氏は少し違った見方をしているようだ。
まず、サマーズ氏はアメリカ経済の現状を次のような微妙な表現で評している。
人間が健康だと言えるのは、その人が何で死ぬかまだ分からない時だ。そういう意味で言えば今のアメリカの経済成長は健康だ。
それは不死身ではない。いつか死ぬだろう。だがそれを終わらせる原因は、まだ見えて来ない。
言い方は微妙だが、高金利が目に見える脅威ではないと考えている点に注目したい。このまま減速に向かい、もしかしたら景気後退に向かってゆくかもしれないと考えている多くの人々よりも前向きな言い方なのが分かるだろうか。
実際、債券投資家のジェフリー・ガンドラック氏がインフレ減速派であれば、サマーズ氏は一貫してインフレ再燃に警鐘を鳴らしてきた。
インフレ率が実際に減速の気配を見せている今でもサマーズ氏はブレずに次のように考えている。
今のところ言えることは、インフレ減速のペースを人々が楽観しすぎているということだ。金融政策は多くの人が考えるほどに引き締め的だとは思わない。
ともに2021年にインフレを警告した2人の予想は、これまで両方とも当たってきたと言える。インフレは確かに減速してきたが、一方でインフレは根強くなかなか2%台までは下がってきていないからである。
確かにあと数ヶ月はアメリカ経済はその緩やかな減速を続けるだろう。だが筆者の考えでは、それはもはや金融市場の先行きには重要ではないかもしれない。何故ならば、11月にはアメリカ大統領選挙があり、新たな大統領が決まるからである。
大統領選挙後のアメリカ経済
新たな大統領が決まれば微妙な推移を続けてきたアメリカのインフレはどうなるか。それは多くの著名投資家が以前から懸念していたことである。
トランプ氏もバイデン氏も現金給付を行なってインフレを引き起こした大統領である。今、大統領選挙ではその責任のなすりつけ合いが行われている。
サマーズ氏は選挙後のインフレ見通しについても答えている。サマーズ氏は民主党の財務長官を務めたこともある民主党の支持者でバイデン氏贔屓ではあるのだが、討論会の結果があまりに酷かったためかバイデン氏が大統領になる場合のシナリオには触れず、次のように予想している。
トランプ氏が大統領になった場合のインフレ圧力やポピュリスト的な政策が、任期の4年間で経済に大きなダメージを与える可能性は高いと考えている。
まあアルゼンチンなどの例では6ヶ月から9ヶ月ほどの間は上手く行き、高血糖のようになることもあるわけだが。
サマーズ氏が民主党寄りであることを差し引いても、トランプ氏がインフレを悪化させる可能性は無視できない。実際、トランプ氏はインフレをどう打倒するのかと聞かれて「一番重要なのは経済成長だ」と答えている。
そして減税を公約している。
トランプ相場を織り込んでいない金融市場
さて、ここで筆者が注目したいのはアメリカの金利である。
市場は大統領選挙よりもインフレ率などの経済指標に着目している。その結果として金利は5月頃から下落傾向にある。
以下は30年物国債の金利である。
だが大統領選挙前の経済指標を織り込む今の動きは正しいだろうか。これはトランプ氏が大統領に選ばれた2016年にトランプ氏の減税で金利がどういう動きになったかをまったく考慮しない動きなのである。
金利はトランプ氏による財政赤字拡大を織り込むにつれて上がってゆくだろう。特にインフレや財政懸念に弱い30年物国債が一番脆弱な状況下に置かれると筆者は考えている。
米国債にはインフレ再燃のリスクのほかに、利払い増加による国債大量発行のリスクもある。
トランプ氏は恐らく減税によるインフレを制御可能な範囲に収めるつもりだろうが、いずれにしても金利が上がる確率が高いと筆者は考えている。最悪のケースでは、サマーズ氏の言うようにインフレと国債の投げ売りがトランプ氏の任期の間に両方起きてしまうことも有り得る。
それは多くの著名投資家が警告している最悪のシナリオである。
いずれにしても、ここから大統領選挙に向けて金利上昇に賭けるのは硬いトレードであり、金利が低下した局面は投資家にとって仕込み時だろう。久々のマクロトレードの機会に筆者は密かに喜んでいる。