アメリカの元財務長官でマクロ経済学者のラリー・サマーズ氏が、The Aspen Instituteの会議で政府と中央銀行の関係について語っているので紹介したい。
大統領選挙とサマーズ氏
アメリカでは11月の大統領選挙に向けて議論が本格化しており、トランプ氏と民主党のクリントン政権の財務長官だったサマーズ氏の経済政策に関する議論も白熱している。
今回サマーズ氏が論点にしているのは、トランプ氏が在職中に中央銀行であるFed(連邦準備制度)をたびたび批判していたことだ。
今回の選挙でも、トランプ氏はFedのパウエル議長を再任しないことを明確にしている。
それについてトランプ氏にいつも手厳しいサマーズ氏は次のように言っている。
Fed叩きは愚者のゲームだ。
そして中央銀行の政策を低金利に誘導しがちな政治家について次のように語っている。
それは正しいやり方ではない。何故ならインフレが起こって困るのは政治家本人だ。
実際、今バイデン大統領はインフレを引き起こした責任をアメリカ国民から責められている。
コロナ禍においてインフレ政策はついにインフレを引き起こした。その流れは前回の記事でレイ・ダリオ氏が詳しく説明している。
1970年代の物価高騰
サマーズ氏は更に、政治家がFedに圧力をかけることができた最悪の事例を紹介している。
それは1970年代の物価高騰時代におけるニクソン大統領とバーンズ議長である。
サマーズ氏は次のように説明している。
1970年代の物価高騰は何故起こったのか? 一番重要な原因はリチャード・ニクソン大統領がアーサー・バーンズ議長を批判したからだ。
それはホワイトハウスがFedに圧力をかけることに成功した最後の大きな事例だ。だがそれは誰にとってもまずい結果に終わった。
バーンズ議長はインフレが収まる前に金利を低下させてしまったためにインフレ再発を招いたFed議長として歴史に名を残してしまっている。
だがインフレの元々の原因はニクソン大統領が招いたニクソンショックにあったはずなのである。
インフレ抑制のための痛み
サマーズ氏は次のように続ける。
インフレは政治家にとって大きな毒だ。インフレを抑制する時に発生する経済的な痛みのために責められたくはないだろう。
インフレが起こった場合、金利を上げてインフレを抑えなければならなくなるが、金利を上げると実体経済が悪化する。
だが、インフレ政策を始めてから金利を上げて経済が原則するまでには大きな時間差がある。だからインフレを引き起こした政治家と、インフレを抑制しなければならない政治家が同じだとは限らない。
インフレ政策を批判したことで有名な経済学者フリードリヒ・フォン・ハイエク氏は『貨幣論集』で次のように書いていた。
将来の失業について責められる政治家は、インフレーションを誘導した人びとではなくそれを止めようとしている人びとである。
だから1970年代の場合、インフレ抑制のための金融引き締めで国民から吊るし上げられたのはバーンズ氏ではなくポール・ボルカー議長だった。
日本でも同じような状況にある。2013年のアベノミクス以来、ドル円を80円から160円にまで上昇させ、輸入物価を文字通り2倍に高騰させた量的緩和政策を決定した日銀の黒田総裁はその後始末をする前に総裁を辞め、次期総裁の本命候補だったはずの当時の副総裁たちは全員が次期総裁就任を断った。
自分のインフレ政策の後始末をやりたくはなかったからである。それで白羽の矢が立ったのが、マクロ経済学者である現職の植田総裁なのである。
植田氏は金融引き締めを行わなければ円安が悪化し、行えば日本経済が死ぬという地獄のような状況に置かれている。
黒田氏はやることをやって颯爽といなくなったが、日本経済が本当に苦しむのはこれからである。
だが日本人にとって幸いなことが1つある。日銀総裁が代わり、首相が変わったとしても、自民党は何十年もあり続けている。
責任を取るべき人々が逃げもせずにそこに居続けてくれている。
ハイエク氏は『貨幣論集』で次のようにも書いていた。
短期において支持を獲得することができれば、長期的な効果について気にかける政治家が果たしているだろうか。
だが幸か不幸か政党はずっと存在し続けている。これは日本人にとってある意味チャンスなのである。
貨幣論集