ルネッサンス・テクノロジーのジェームズ・サイモンズ氏追悼記事

5月10日、クオンツ戦略のヘッジファンドとして世界最大かつ最高のルネッサンス・テクノロジー創業者のジェームズ・サイモンズ氏が86歳で亡くなった。

今回は追悼記事としてサイモンズ氏の生涯を振り返りたい。

ジェームズ・サイモンズ氏

サイモンズ氏は業界人なら誰でも知っているクオンツ戦略の大家である。

クオンツ投資は数学と統計を使い行うアルゴリズム投資で、サイモンズ氏はMITやハーバード大学でも教鞭をとったこともあり、数学者としても優れた功績を残した。

今回はサイモンズ氏の追悼記事として、2015年のTEDによるインタビューから彼の生涯を振り返りたい。

暗号解読の仕事

もともとサイモンズ氏は純粋な数学者だったのだが、プリンストンでNSA(国家安全保障局、言わずと知れたエドワード・スノーデン氏の古巣である)の仕事に応募したあたりからただの数学者ではなくなる。

サイモンズ氏は次のように述べている。

NSAはプリンストンで数学者を雇って暗号を破らせるプロジェクトをやっていた。

コンピュータの父とも呼ばれる数学者アラン・チューリング氏はナチス・ドイツの暗号を解読した一方、冷戦当時にサイモンズ氏が取り組んだのはロシアの暗号である。

サイモンズ氏はある事情でお金が必要だったらしい。彼は次のように述べている。

彼らの仕事は待遇が良く、勤務時間の半分は自分の好きな数学の仕事をしても良かった。残りの半分は暗号解読の仕事をした。

給料も良かった。だからあれは抗いがたい誘惑だった。

ちなみにここには優秀な科学者を雇うための秘訣が書かれている。優秀な科学者が一番欲するものは自由な時間である。NSAはそれが分かっていたようだ。

NSAをクビになる

だがサイモンズ氏を雇うことができたNSAも、サイモンズ氏に留まってもらうことは出来なかったようだ。

サイモンズ氏は次のように述べている。

当時はベトナム戦争が行われていて、組織で一番偉い人がベトナム戦争の大ファンだった。ニューヨーク・タイムズにアメリカがどう勝つかについての記事まで書いていた。

わたしはベトナム戦争が嫌いだった。馬鹿げた戦争だと思った。だからニューヨーク・タイムズに記事を書いて、その上司の下で働くすべての人が彼の意見に賛成しているわけではないと言った。

これが出来るサラリーマンがどれだけいるだろうか。NSAは当然サイモンズ氏に黙ってほしかっただろう。だが優秀な人材を黙らせることはできない。何故ならば、クビになっても行くところはいくらでもあるからである。

数学者としての功績

実際、NSAをクビになったことについてサイモンズ氏は次のように言っている。

そんなに悪い話ではなかった。

何故ならば、サイモンズ氏はその足で数学者としての仕事に戻り、学術的成功を上げたからである。

サイモンズ氏は特に物理学者に有名な数学者である。特に弦理論の物理学者であれば誰でも彼の名前を知っているだろう。

サイモンズ氏は友人のチャーン氏とともに、今ではチャーン・サイモンズ形式と呼ばれている数学の理論を考案している。

サイモンズ氏はそれを純粋に数学の論文として公表したのだが、彼は次のように語っている。

論文を公開した10年後にプリンストンのエド・ウィッテンという人がその理論を弦理論に応用し始めた。

今日ではチャーン・サイモンズ形式は物理学の世界で日常的に使われている。

その理論が物理学に応用できるだなんて思いもしなかった。だがそれが数学の面白いところだ。何処で何に使われるか分からない。

サイモンズ氏が数学理論に名前を残したほどの数学者だということは、金融業界でもあまり知られていないかもしれない。

数学者サイモンズ氏、投資を始める

そして数学者として成功した後、サイモンズ氏は投資に手を出し始める。ファンドマネージャーとしては遅咲きだろう。彼は次のように述べている。

30代後半の時、数学に少し疲れたので少し投資に手を出した。多少のお金もあった。

それはとても上手く行った。かなりの大金を儲けたが完全に運だった。そう言うべきだろう。数学的モデルを作ってやったわけではなかったから。

しかしそれがルネッサンス・テクノロジーの始まりだった。サイモンズ氏はこう続けている。

だがデータを見て少し考えたらその中に数学的構造があるように見えることに気がついた。

だから数学者を何人か雇って数学的モデルを作り始めた。

クオンツ戦略

データを見て数学的モデルを作るルネッサンス・テクノロジーのクオンツ戦略とはどういうものなのか。

株価や金利やその他あらゆるデータの中にあるパターンを見つける。このパターンがあれば次は株価はこう動くという規則を見つける。そしてその規則がただの偶然でそうなっているわけではないことを数学的に証明する。

サイモンズ氏は自身の投資戦略について次のように語っている。

重要なのは膨大なデータを集めることだ。最初の頃は手作業だった。Fed(連邦準備制度)に行って金利のデータなどをコピーする。 まだコンピュータの中には無かったからだ。

だが今では最新鋭のコンピュータに何テラバイト(もしかしたらペタバイトかもしれない) ものデータが放り込まれ、彼が雇った多くの数学者や物理学者の手で数学的モデルが構築されてゆく。

結論

数学者とコンピュータがあれば誰でも同じことが出来るのであれば、多くの人が真似をして大金を稼ぎそうなものだ。

だが実際にはそうなっていない。クオンツ戦略のファンドはルネッサンス・テクノロジーの一人勝ちである。

ルネッサンスは何が特別なのか。サイモンズ氏は次のように言っている。

重要なのは非常に優秀な人材を雇うことだ。

それはどの業界でも同じだが、重要なのはサイモンズ氏が自分自身優れた数学者だったことだ。

自分自身が優れた人材でなければ優れた人材を見分けることができない。金融業界の人間にサイモンズ氏の真似ができない理由である。

サイモンズ氏は次のように述べている。

ファンダメンタルズ投資ができる人材を雇う方法は分からなかった。何人か雇ってみたが上手く行ったり行かなかったりで商売にはならなかった。

だが優秀な科学者を雇う方法なら分かった。そのことに関しては多少の嗅覚があった。

ルネッサンス・テクノロジーはもう何年もサイモンズ氏の手を離れているらしい。ほとんどのヘッジファンドは創業者なしでは機能しないが、もしかしたらルネッサンスは機能するかもしれない。

いずれにしてもまた一人優秀な投資家が亡くなってしまった。サイモンズ氏は間違いなく資産運用業界の天才の一人だが、定期的にはインタビューを受けないためこれまであまり紹介する機会がなかった。

追悼もかねていくつかサイモンズ氏のインタビューを紹介する記事を書きたい。