世界最大のヘッジファンドBridgewaterを運用しているレイ・ダリオ氏がLinkedInにおける自身のブログで紙幣とゴールドの違いについて語っている。
富の貯蔵手段
誰もが収入を得ており、その一部を貯蓄している。
普段ほとんどの人がそんなことを考えないが、富の貯蔵とはなかなか難しい経済学的テーマである。
ダリオ氏は次のように述べている。
良い貨幣とは世界中で受け入れられる富の交換方法であり、同時に良い富の貯蔵方法にもなるもののことだ。
世界でもっとも認められた貨幣はドルであり、その次はユーロであり、その次は円であり、その次は人民元だ。
こうした貨幣は負債性資産だ。つまり、負債に裏書きされている資産だ。通貨とは負債なのだ。
ほとんどの人は得た収入を何も考えずに銀行口座に放り込んでおく。つまり、日本人ならば円のままにしておく。
一部を株式や不動産に替えることはあっても、現金を持たない人はほとんどいないのではないか。
だがダリオ氏の言うように、紙幣とは負債性資産である。つまり、預金をするというのはお金を貸していることに等しい。先ず第一に銀行にお金を貸しており、その銀行は集まった預金で国債を買っているので、間接的には政府にお金を貸していることになる。
だからダリオ氏は次のように言う。
よってこうした通貨を保有しているということは、誰かにお金を貸しているということであり、それは将来お金が戻ってくるという約束なのだ。
預金が返ってこない可能性
だが、多くの人が考えもしないことだが、預金は返ってこない可能性がある。
ダリオ氏は次のように続けている。
負債については歴史的にも論理的にも次のことが明らかだ。負債は返ってこないリスクか、あるいは減価されて魅力がなくなった状態で返ってくるリスクがある。
実際、去年アメリカでそうした状況が起こった。2023年にシリコンバレー銀行など比較的大規模な地方銀行がいくつか破綻したが、それらの銀行は預金を預金者に返せない状況にあった。
その状況がどう解決されたかと言えば、中央銀行が紙幣を印刷して預金者に紙幣が返ってくるようにした。しかしこのやり方はシリコンバレー銀行の預金者の負担をアメリカ全土の預金者に転嫁したことに等しい。紙幣が印刷されれば、紙幣の価値そのものが下がるからである。
実際、アメリカのマネタリーベースはこれらの銀行危機の後から上昇に転じ、その結果としてアメリカのインフレは再加速の気配を見せている。アメリカ国民はシリコンバレー銀行の破綻のツケをインフレという形で払うことになるだろう。
何故紙幣は減価されるのか
シリコンバレー銀行が破綻したのは、保有していた国債の価格が下落したからだ。国債の価格が下落したのは、政府がコロナ後に紙幣印刷で多額の現金給付を行なったからだ。
政府が収入以上の支出をしていなければ、借金の必要も紙幣印刷の必要もないはずだ。だが何故政府は借金を増やし、紙幣印刷をし、インフレを引き起こしてしまうのか。
彼らはインフレが目標だとまで言っている。しかも何故か国民はそれに怒っていない。だが以下の記事で説明したように、実は2%のインフレ目標に経済学的な根拠はまったく無いのである。
では何故政府はインフレを引き起こそうとするのか。ダリオ氏は次のように述べている。
負債とはお金を返すという約束なので、政府が多額の負債を抱えている場合、中央銀行は紙幣を印刷する可能性が高い。紙幣印刷は貨幣価値の下落(例えばインフレ)によって金融状況の引き締まりを妨げる。
金融状況が引き締まって(つまり金利が上がって)一番困るのは、経済のなかで最大の債務者である政府だからである。金利が上がれば借金に対する利払いが増えてしまう。
それがまさに政府がインフレを望む理由である。第1次世界大戦後のドイツがハイパーインフレで借金をなかったことにしたように、政府はインフレで債務負担を軽減しようとしている。
逆に貨幣価値が下落して一番困るのは国民となる。政府が目指していたインフレが実は物価上昇という意味だったということが、今なら多くの日本人にも分かるだろう。インフレ政策を支持していた人々の何と献身的なことだろうか。永田町の高齢者たちに対する美しい愛ではないか。敬老の精神である。
インフレへの対策
今のような状況下で紙幣で貯金をすることの意味が、ここまで読んだ読者にはお分かりだろう。
ではどうすれば良いのか。負債性ではない資産を持てば良いのである。ダリオ氏はこう語っている。
ゴールドは逆に負債に裏書きされていないタイプの貨幣である。デフォルトやインフレによる減価のリスクのある通貨や債券とは違い、債券のデフォルトやインフレはゴールドにとってむしろプラスになる。
中央銀行やその他の投資家たちがゴールドを保有している理由がそれだ。
実際、ゴールドは中央銀行が準備金として保有する3番目の貨幣であり、円や人民元よりも保有量が多い。
ゴールドは1970年代のインフレ相場で数十倍に値上がりした。
また、ダリオ氏はこう続けている。
暗号通貨もまた非負債性の貨幣だ。わたしは他に非負債性の貨幣を知らないが、宝石や美術品も似た性質を持つと言う人もいるかもしれない。それらは負債による裏付けがなく、持ち運び可能で、富の貯蔵手段として広く受け入れられているからだ。
結論
ダリオ氏の今回の投稿はもちろん短期的な投資推奨ではない。短期的には、アメリカの利下げ観測の後退がドルに味方し、貴金属にマイナスになる可能性がある。
余談にはなるが、筆者の計算では金利はまだ十分に上がりきっていない。それは株式市場にも下落余地があることを意味する。
だが現在が紙幣で預金をするという考え方自体を見直した方が良い時代であることは確かである。
ダリオ氏は次のように纏めている。
金融システムが正常に機能している状況、つまり債務危機やインフレ危機もなく、負債を持ちながら負債性の貨幣を発行している政府が紙幣印刷で貨幣価値を減少させずに利払い義務を果たしている場合、負債性資産やその他の金融資産は保有するのに良い資産だ。
だがその逆が行われている場合、ゴールドを保有する方が良い。
歴史的には、すべての貨幣は長期的に価値が下落してきた。
詳しくはダリオ氏が著書『世界秩序の変化に対処するための原則』で詳しく説明しているので、そちらも参考にしてもらいたい。
世界秩序の変化に対処するための原則