サマーズ氏、大富豪が税金を払わない方法と、それを取り締まれない理由を語る

アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏が、Washington Postによるインタビューで富裕層への課税について語っている。

富裕層への課税

バイデン政権が超富裕層への課税を考えている。所得ではなく資産に課税する資産税なども含めて富裕層への課税はこれまで何度も議論されてきた。

富裕層は数が少ないので民主主義のターゲットにされやすいからである。一方で富裕層は、特にアメリカではロビー活動を通して数の不利に対抗してきた。

この議論は今でも続いており、特に与党民主党が富裕層への課税に積極的で、野党共和党は比較的消極的である。

サマーズ氏は民主党の支持者なのだが、彼はバイデン政権の富裕層への課税の計画について微妙な意見を持っているようだ。

IRSの予算不足

まず、彼は税金がきちんと徴税されていないと主張する。彼は次のように主張している。

IRS(訳注:アメリカの国税庁)の資金不足のために、毎年1000万ドル以上稼いでいる人が確定申告をしなくても警告さえ受け取らない状況は馬鹿げている。

アメリカではIRSの予算不足が問題となっている。脱税している人に対してIRSの職員の数が足りないため、十分な取り立てを行なうことができず、普通の納税者がIRSに電話をしてもまともに連絡も取れないような状況が常態化している。

これも民主党がIRSの予算を増やそうとしている一方で、共和党が反対しているのである。

起業家の節税

そして次にサマーズ氏が問題として取り上げるのが、起業家の節税策である。

アメリカで大富豪と言えばその多くが大企業の創業者だが、起業家にとって節税をすることは比較的簡単である。

サマーズ氏は次のように言う。

200億ドルの価値のある会社を立ち上げた起業家が、その会社の株式を担保に借金をしてクルーザーを買い、株式を子供に相続させ、結局誰も税金を払わないということが簡単に出来るのは馬鹿げている。

知識のある読者ならば知っているだろうが、これはbuy, borrow, die(買って、借りて、死ね)と呼ばれる有名な節税策である。

まず株式を取得する。創業者の場合なら最初から持っていることになる。

そしてビジネスが成功すれば株の値段はどんどん上がってゆくわけだが、株式は売却時に利益が出れば税金を払うということになっているので、売却しなければ株の値上がりに税金がかかることはない。

創業者のような大株主であれば自分に給料を払うこともできるわけだが、給料には所得税がかかるのでこれもしない。

では確かに資産は株の値上がりで増えているが、増えたお金を使えないではないかということになる。

そこで「借りて」の部分が出てくるのである。株式を売却して現金を得るのではなく、値上がりしている株式を担保に借金をして現金を得るのである。

大富豪であれば低い金利で現金を借りることができる。だから意外にも、大富豪には借金をしている人が多い。現金を持っていない(持たない方が節税になる)からである。

そして死ぬ。アメリカでは相続税はほとんどないようなものなので、子供も同じ戦略を使い続けることができる。

そして誰も税金を払わない。

何故課税できないか

何故この戦略は長年そのままになっているのか。サマーズ氏は次のように述べている。

バイデン政権がそれを阻止しようとしているのは正しい。

だが献身的で思慮深い優れた人たちでさえ、しばしば行き過ぎた考えをしている。

バイデン政権の予算案で大富豪への課税として考えられているものの中で、値上がりした株式を持っているが、まだ売っていないために利益は現金としては入ってきておらず、それを担保にお金を借りてもいない人への課税は、家族経営の会社へのダメージが大きすぎ、多くの人が公平と考える範囲を逸脱している。

こうした節税への対策としてバイデン政権が考えているのは、含み益への課税である。つまり、株式を売却していない段階で発生している利益について課税するというものである。

しかしそうすると、レストランのオーナーなど、小規模経営の会社の納税が一気に増すことになる。

結論

政治家の多くは富裕層から税金をせしめてやろうと躍起になっている。だが税制というのは非常に高度な専門分野であって、素人の思いつきでは上手くいかないのである。

富裕層への課税に賛成するサマーズ氏も、バイデン政権の案には次のようにコメントしている。

申し訳ないが、そういう考えは学者による机上の空論を大人が誰も止めなかったものと形容するしかない。

何故そうなるのか。根本的には、政府と民間の人材の能力差が問題の根底にある。

税制は高度な専門分野であり、その分野の第一人者は有名な会計事務所にいて、富裕層の資産が課税によって盗まれることから守る仕事に就き、合法的に課税を防ぐ代わりに多額の報酬を受け取っている。

一方でそういう人材は政府には行かない。報酬が違いすぎるからである。また、そもそも節税の補助を一生の仕事にしているような人々は政府による課税が正当だとは思っていないので、仮に同じ給料でも政府の仕事には就かないだろう。

政府と会計の専門家の密かな戦争は大昔から続いてきた。興味のある人は以下の記事も読んでみてもらいたい。