ドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領選挙で勝利してから、多くの投資家が投資判断の修正に迫られている。そのいくつかは報じる価値があるが、先ずは世界経済に一番強気なものから取り上げよう。かつてジョージ・ソロス氏のもとで働き、ソロス氏とともに1992年のポンド危機におけるポンド空売りを行ったスタンレー・ドラッケンミラー氏である。
世界経済に強気
ドラッケンミラー氏はこれまでゴールドを大量に買っていた投資家として知られていたが、今回のアメリカ大統領選挙を受けてその方針を全面的に転換したという。次期大統領ドナルド・トランプ氏の経済政策について、CNBCのインタビュー(原文英語)で次のように語っている。
保護貿易の恐怖ばかりが強調されているが、その他の政策におけるプラスの面に比べてそれは誇張され過ぎている。
彼の言うプラスとは何か? それはトランプ氏が主張している規制緩和である。
アメリカ経済はあまりに過剰な規制を受けている。その撤廃は効果があるだろう。(中略)わたしはいつも規制緩和と税制改革が出来ないのかという話をしていた。何故それが出来ないのか? そして今、それが達成される可能性がかなり高いと思う。
トランプ氏は選挙前、「アメリカ政府による規制の70%は不要で、ビジネスの成長を妨げている」(Reuters、原文英語)と発言していた。
アメリカに限らず、先進国経済は停滞している。それは人口減少による需要減や、債務を増やし続けることで達成してきた経済成長が限界に達したことなどにより、潜在成長率が低くなっているからである。この仮説は経済学者のラリー・サマーズ氏によって提唱され、ソロス氏やレイ・ダリオ氏など優れたヘッジファンドマネージャーによって追認されてきた。これがこれまで、2016年におけるヘッジファンド業界の投資テーマであった。
- 元米国財務長官ラリー・サマーズ氏が長期停滞論とは何かを語る
- ジョージ・ソロス氏: アメリカ経済は減速する、利上げは失敗する、マイナス金利は効かない
- レイ・ダリオ氏: 年内利上げは深刻な誤りに、そして米国は量的緩和を再開する
だからアメリカでも潜在成長率を上げるということが課題となっている。そしてそれは難題である。人口はすぐには変わらず、積み上がった債務も消えてなくなることはない。
規制緩和が望まれる理由と背景
そうした中で、不要な規制を撤廃することは経済の潜在成長率を上げることの出来る数少ない政策であり、しかも人口を増加させるなどの政策に比べて明らかな速効性がある。
規制には必要なものもあれば不要なものもあるが、官僚主義の世界では不要な規制だけが積み上げられ、必要な規制が棚上げされるというのが現実である。
規制は利権の元となる。政府が規制を考えていると言えば、政府の元にはそれを自分の業界に適用させまいとする利害関係者が蟻のように集まってくる。そこには規制を和らげる見返りに企業側が政府に便宜を計るか、あるいは別のところで何らかの妥協をする大きなインセンティブが存在している。だから官僚主義は規制が大好きである。そうすれば頭を下げに来る利害関係者が政府のもとに集まるからである。
トランプ氏はこうした現実を知っている。腐敗した規制の山を彼は嫌っている。だから70%などという過激なことを言うのである。しかし彼は恐らくそれをやってしまうだろう。その結果、経済はどうなるか? ドラッケンミラー氏はその結果にかなり強気である。彼は経済が停滞すれば価格が上がるゴールドをすべて売却し、経済が成長すれば利益の出る別のポジションを立てたという。
選挙の夜に金をすべて売却した。ここ数年金を持ち続けたすべての理由が、わたしにとってはもう過去のものになりつつある。アメリカに限らず世界的にそうなのだ。例えば(イギリス首相の)テリーザ・メイ氏だ。こうした潮流が世界的な現象となっている。残りは偉大なるマリオ・ドラギ司教とEU官僚たちだけだ。しかしそれも変わるだろう。彼らはいずれ引きずり降ろされ、泣きわめくことになる。
残念ながら、残りはユーロ圏だけではない。日本の財務省が存在する。しかし世界的な投資家にとっては日本など言及するにも値しないということである。それが日本の現実である。
トランプ政権の経済政策
ドラッケンミラー氏はどうやら、トランプ氏自身というよりは伝統的な保守派、つまり経済にあまり干渉しない「小さな政府」の支持者のようである。
経済政策は(副大統領の)マイク・ペンス氏や(下院議長の)ポール・ライアン氏などに任せてしまえばいいと思っている。ポール・ライアン氏は「より良い方法」という名のプランを持っている。(中略)それは規制緩和を行うための具体的な方法論であり、(欠陥を抱えた国民皆保険制度の)オバマケアを改良する方法や、税制改革などが含まれている。それが達成されるのであれば、どのような人物が入閣するかということはどうでもいいことだ。
彼はこうした政策が世界経済を浮揚すると信じている。その結果、金を売っただけではなく、経済成長に賭ける他のポジションを始めたという。
わたしは経済成長に大きく賭けている。何をしているか? 世界中で債券を空売りしている。わたしはバブルを空売りしている。ドイツ国債を、イギリス国債を、イタリア国債を、アメリカ国債を空売りしている。
債券安とは金利高である。金利とは理論的には実質経済成長率とインフレ率の和となるため、経済成長が見込まれると金利が上がり、債券安となる。
金利はもっと上がるだろう。馬鹿げたレベルの低金利が維持されている状況で投資家が経済成長の気配を察すれば、金利は上がらざるを得ない。金利は世界中でもっと上昇することになるだろう。
また、株式市場については以下のように述べている。
経済成長に反応しやすいセクターの株式を好む。経済全体の成長に敏感ではない株式は好まない。
為替相場については以下。
ドルが好きだ。特にユーロに対して上昇するだろう。
結論
読者はどう思われただろうか? わたしはドラッケンミラー氏の強気に対して同意をしない。経済政策が経済に根付いた長期停滞を吹き飛ばしてしまうことはないだろう。根本的な原因である人口動態や債務は依然として変わっていない。だからトレンドが変わったわけではない。
しかし上記で説明したように、トランプ政権は出来る限りのことをやるだろう。規制緩和が一つであり、また財政出動がもう一つである。この状況における財政出動はラリー・サマーズ氏の主張する経済政策にほぼ重なる。したがって、「政府は長期停滞を理解していない」と斜に構えて主張する時代は、トランプ氏の勝利によって大幅に早く終わったのである。
今や投資家は「経済学的に正しい経済政策は長期停滞にどれだけ抵抗することが出来るのか」という主題を予定よりも前倒しして考えなければならなくなった。そして答えは出ない。何故ならば、トランプ氏の経済政策の詳細はまだほとんど発表されていないからである。情報がない所では撤退しなければならない。それがドラッケンミラー氏と同様に金を売却したわたしの判断であった。
情報の不足は確定している。しかしそれでも徐々に情報を集め、他の投資家よりも早く結論を出す必要がある。今後もトランプ大統領の政策については逐次報じてゆく。また、ドラッケンミラー氏についてはソロス氏とクォンタム・ファンドを運営していた頃の逸話を紹介しているので、そちらも読んでみてもらいたい。