前回の記事では、ジョージ・ソロス氏のクォンタム・ファンドを長年運用していたスタンレー・ドラッケンミラー氏が、ソロス氏の為替理論を用いてベルリンの壁崩壊後のドイツマルクをトレードした話を紹介した。
今回はこのソロス氏の為替理論をコロナ後のドル相場に適用しながら説明してみたい。
ソロス氏が解説するドルの値動き
この為替理論は、ヘッジファンドという概念を作ったと言っても良いファンドマネージャーのジョージ・ソロス氏が、自分の投資理論を解説した著書『ソロスの錬金術』で公開しているものである。
この為替理論では、インフレと財政赤字、そして中央銀行の利上げが組み合わさると、インフレ(つまり紙幣の価値下落)にもかかわらず為替相場では為替レートが上昇するとされている。
ソロス氏はそれを1980年代のドル相場をもとに説明しているが、ポール・ボルカー議長が1970年代のインフレを終わらせるために金利を上げ、ドルが上昇した当時の状況は、コロナ後のドル相場とそっくりである。
1980年代のドル相場
だからソロス氏の説明を現在のドル相場と比較しながら読んでゆきたい。ソロス氏はまずこう言っている。
為替市場では価格決定においてファンダメンタルズは株式市場においてほど重要ではないように見える。理由を見つけるのはそれほど難しくない。それは投機的な資金の動きが相対的に重要だからだ。
ソロス氏は為替相場は株式市場よりも投機的だという。だが投機的なトレーダーを引き寄せるためには何らかのファンダメンタルズ的要因が必要である。
最初にも述べたが、1980年代の相場ではアメリカはインフレを退治するために利上げを行なった。中央銀行は金利を上昇させ、インフレ率は次第に下がっていった。
ソロス氏は次のように説明している。
ドルは強くなり、上昇する為替レートと高い金利差がドルの魅力を抗しがたいものにした。強いドルが輸入を促進し、多過ぎる需要を満たして物価を押し下げるのに貢献した。
そうして自己強化するトレンドが始まった。強い経済、強いドル、大きな財政赤字、大きな貿易赤字が互いに強化し合ってインフレのない成長を実現した。
インフレは利上げによって抑制されたが、その副作用である実体経済の減速は、政府の財政出動によって補われた。これもコロナ後のアメリカ経済と同じ状況である。当時の大統領はロナルド・レーガン氏であり、レーガノミクスでは利上げと財政出動が同時に行われた。
為替相場における投機的な資金の流れ
そして高い金利に惹かれて集まってくるのが投機的な資金である。日本でもドル預金が人気だそうだが、ドル預金に手を出す人の動機のほとんどは、単に直近数年でドル円が上昇したからである。
そうした資金のことを投機的な資金と呼ぶ。だがソロス氏は、(アメリカから見て)海外からの投機的な資金は短期的にはドルを持ち上げるが、長期的にはドル安の原因になると言う。
彼は次のように説明している。
投機的な資金流入は短期的には自己強化トレンドに貢献するが、それは将来の利払いと償還義務をも生むため、累積して逆の方向にも作用する。
海外投資家の本拠地は海外である。最終的には海外投資家は貯蓄したドルを自分の国の通貨に替えてから消費に回すことになる。また、ドルが高金利であるということは、アメリカはドルを買った海外の投資家に高金利を払わなければならないということでもある。
だから投機的な資金はそれ自体が長期的にはドル安の原因となるのである。
重しとなる財政赤字
さて、しかしそれはまだまだ先の話である。ソロス氏はこう続けている。
高い金利が海外から資金を引き寄せている間は問題は隠されている。外国人の貯蓄のおかげで国内経済は生産量以上に消費できるのである。
アメリカ人は国債を外国人に買わせることで財政赤字に基づいた消費を続けることができる。ドル高が輸入物価の下落をもたらしてインフレも収まるので、一時的にはインフレが収まり、経済成長も悪くない「ソフトランディング」の状況が作り出される。
まさに今のアメリカの状況である。だがソロス氏はこう続けている。
しかし資金流入が財政赤字を補えなくなったとき、問題は深刻化する。財政赤字を補うため、金利を上げて国内の貯蓄を引き寄せなければならないが、貯蓄の増加により消費が減速し景気が落ち込む。
そして外国人にとってドル資産を保有する魅力が減ることになる。
ドル高トレンドの転換
状況を整理しよう。先ず第一に、金利が十分に高ければインフレが抑制されてくるので、いずれは金利が下がることになる。だがそれは投機的な資金にとってドルの魅力が減ることを意味する。
また、ドル高の期間が長ければ長いほど、累積するドル安要因があったことを思い出したい。アメリカは外国人に国債を買わせていたわけだから、利払いや元本の償還を行わなければならない。そしてそれはドル高が長引くほど多く累積することになる。
実際、アメリカではドルへの資金流入が国債を買い支えられなくなっている兆候が見られる。ポール・チューダー・ジョーンズ氏などが国債の買い手不足を懸念している。
つまり、ドル高の裏で進行していた潜在的なドル安要因が、アメリカ経済が弱くなった途端に顕在化してくるのである。
ソロス氏は次のように分析している。
これは弱い経済と大きな財政赤字の組み合わせが高金利と弱いドルを呼ぶという「崩壊のシナリオ」に発展する危険性がある。
ドル下落のタイミング
だが読者にも分かるように、これは長いトレンドである。ソロス氏は次のように続ける。
この好循環を永遠に続けられないことは明らかだった。しかしトレンドが続く間は、それに歯向かった為替トレーダーは手痛い代償を払わなければならなかったのである。
だから、ドル高トレンドがどのように転換点を迎えるのか、投機的な資金の流れとファンダメンタルズを分け、順序立てて考える必要がある。
ソロス氏は次のように説明している。
第一に、為替相場における投機的な動きの相対的重要性はこの自己強化的なトレンドが続くにつれて増加する。
第二に、支配的なバイアスはトレンドに追従するので、トレンドが長く続くほどバイアスは強くなる。
第三に、ひとたびトレンドが形成されるとそれは行き着くところまで行かなければならないが、最終的には転換点が来て今度は逆方向に自己強化的なトレンドを開始する。
転換点は、アメリカ経済が弱まり、利払い義務が重しになってくるタイミングである。
ソロス氏は次のように続けている。
最終的には投機的な資金の流入が貿易赤字と利払い義務の増加に勝てなくなり、当局の介入がなくとも転換点に達する。
そしてトレンドは逆転する。支配的なバイアスはトレンド追従型なので、投機的な資金は今度は逆の方向に動くだろう。
ひとたびそれが起こると、トレンドの逆転は簡単に自由落下へと加速してゆく。1つの理由は、そのときには投機的な資金とファンダメンタルズが同じ方向に動くからである。
結論
ということで、今回は『ソロスの錬金術』に書かれている為替理論を使って、現在のドル高トレンドがドル安に転換し、ソロス氏の言葉を借りれば「自由落下」してゆく様子を説明してみた。
現在のアメリカ経済の状況と照らし合わせれば、いくつかの条件は整いつつあるように見える。国債市場では買い手の不足が問題になりつつあり、経済の減速は失業率の上昇などに見られている。
株式市場もそうだが、ドル相場の転換点も今年なのではないか。それはアメリカの景気後退のタイミングによる。だがそうなれば為替ヘッジなしで米国株を買っている日本の投資家は本当に死ぬことになる。
ちなみに『ソロスの錬金術』では為替相場だけではなく、株式市場や他の経済トレンドについても同じように解説されている。筆者から見れば知恵の宝庫なのだが、スタンレー・ドラッケンミラー氏が「誰もこの本を理解していないようだ」と言っているように、知恵の宝庫を読む人は少ない。ほとんどの人はソロス氏の著書ではなく、経済を何も予測できないその辺の銀行員やインフルエンサーの言葉を有難がるからである。
ソロスの錬金術