さて、前回までジェフリー・ガンドラック氏のDoubleLine Capital主催の座談会の内容を報じてきたが、今回はその座談会に出席しているRosenberg Researchのデイビッド・ローゼンバーグ氏の発言が興味深かったのでそちらを紹介しよう。
アメリカの景気後退
コロナ後にアメリカで行われた莫大な現金給付が物価高騰を引き起こし、アメリカはそれを大幅な利上げで抑え込もうとしている。
結果、インフレ率は3%台まで何とか下がり、一方でアメリカ経済はそれほどの高金利にもかかわらず大きな減速とはなっていない。
だから多くのエコノミストが景気後退について喋らなくなった。景気後退の可能性は消えたのか? だがローゼンバーグ氏は次のように言っている。
景気後退は遅れている。だがなくなったわけではない。
ウォール街のエコノミストはいまや皆、景気後退の可能性を除外している。景気後退がまだ来ていないことが理由だ。
だが景気後退がまだ起こっていないからこれからも起こらないと主張するのは、トロント在住のわたしが「12月に雪が降らなかったから冬はもう来ない」と主張するようなものだ。
誰がそんなことを言うだろうか? こういう主張は馬鹿げている。
ソフトランディング期待の根拠
議論においていつも重要なのは主張の根拠である。そして景気後退が来ないと言う人々の根拠は、今景気後退が来ていないということだけである。だが問題は、景気後退がまだ来ていなければ、定義上経済状況は悪くない。それは同語反復なのである。
もう少し細かく考えてみよう。インフレ率はかなり下がっている。だがGDP成長率はそれほど下がっていない。しかしそれは、インフレ統計が先行指標でGDPが遅行指標だからだ。
そしてガンドラック氏もよく言っているが、先行指標はすべて悪化している。例えばクレジットカードなどの返済遅延率は以下の記事で取り上げたが悪化が始まっている。消費者は借金を返せなくなっている。
だから景気後退は近づいて来ている。問題はその速度なのであって、景気後退が除外された兆候は先行指標には一切現れていない。
だが景気後退を除外する人々はこの現実をすべて無視する。何故か。彼らにとって、過去に起こったことだけがこれから起こることの根拠だからである。
景気後退は来ない。何故ならば、まだ来ていないからだ。米国株は今後40年上がり続ける。何故ならば、過去40年上がり続けたからだ。
しかし彼らは景気後退がまだ来ていない理由も、米国株が1980年から40年上がり続けた理由も理解しないし、理解しようともしない。
ドル預金は良いものだ。何故ならば、過去3年ドル高になっているからだ。人間の理性とはその程度のものなのである。
景気後退前のソフトランディング期待
景気後退前にはいつも同じことが起きる。ソフトランディングへの期待である。
先行指標が悪化し、だが遅行指標が悪化していない状況のことを人々はソフトランディングと呼ぶ。だがローゼンバーグ氏は景気後退前に起こるこの現象のことを次のように解説している。
ソフトランディングとは景気拡大期から景気縮小期への橋渡し、移行期のことだ。
1979年はソフトランディングだった。1980年は景気後退だ。1989年はソフトランディングだった。1990年は景気後退だ。2000年はソフトランディングだった。2001年は景気後退だ。2007年はソフトランディングだった。2008年は景気後退だ。
経済とはこういうサイクルなのだ。
リーマンショックの事例
だから景気後退が遅れるという予想と、景気後退が来ないという予想はまったく違う。スタンレー・ドラッケンミラー氏も次のように言っていた。
景気後退がまだ始まっていないという事実が、ハードランディングかソフトランディングかという確率を変えることはない。
だがそのドラッケンミラー氏も年内の景気後退はメインシナリオとはしていない。
ローゼンバーグ氏は次のように述べている。
景気後退の遅れは長くなっている。メリル・リンチに居た頃に、2006年から2007年までわたしが愚かな道化と思われてたのと同じだ。「景気後退はまだなのか?」だが2008年には皆が悲鳴を上げた。
リーマンショックの時も一部の著名投資家が金融危機を警告する中で、大多数の人々がそれを無視する期間が2年ほど続いた。
ジョージ・ソロス氏が著書『ソロスは警告する』に書いている、リーマンショックの1年半前の以下の警告が思い出される。
2007年春、ついに終わりのはじまりがやって来る。住宅ローン大手のニュー・センチュリー・ファイナンシャル社が、サブプライム問題が原因で倒産したのだ。
そこから先は、私のバブルのモデルでいう「黄昏の期間」である。住宅価格が下がりはじめているにもかかわらず、ゲームの終了が読み取れない参加者が、まだ大勢残っている段階だ。
そしてリーマンショックは2008年9月だった。
結論
ソロス氏や筆者のように、マクロの投資家は常に弱気予想をしていると言われるが、それは経済の横に崖が存在していることを認識しているからである。
経済の横に崖があることと、経済がすぐ崖に落ちることはイコールではない。景気後退のタイミングと株価の下落開始のタイミングも別ものである。
だが存在する崖を認識していないことを良しとするのか、崖を認識した上で経済が崖から落ちるタイミングを測り続けるのか、読者は好きな方を選べば良いだろう。
何故ならば、経済が崖から落ちれば株式市場には都合の悪いことが起きるからである。ローゼンバーグ氏は次のように述べている。
景気後退時には1株当たり利益は20%か30%下落する。今のアナリスト予想は11%の増益だ。
これは景気後退になれば、企業利益の修正だけを考えても株価が31%から41%下落することを意味している。
それが遠からず起きるということは、今米国株を買うことは、景気後退までに株価がそれ以上上がらなければ割に合わないということである。さて投資家はどうするべきだろうか。
ソロスは警告する