アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏が、Harvard Kennedy Schoolのイベントで人手不足の問題について語っている。
人手不足
人手不足ということが日本でもアメリカでも言われている。特に政治家や経団連は人手不足という問題を声高に語っている。
だが人手不足を声高に叫ぶ人々の話や、それに釣られて人手不足に関する記事をメディアで大量に生産しているライターを見ながら、筆者はこの議論を明らかにおかしいものだとずっと考えてきた。
何故か。今回現役では世界最高のマクロ経済学者であるラリー・サマーズ氏が同じ問題について語っている。サマーズ氏は自分の家を改修している質問者に、改修のための人手が集まらないのだがと言われて、次のように答えている。
経済学者的な回答を返して申し訳ないが、不足というのは価格と大いに関係がある。もしあなたが年12万ドル(およそ1,800万円)支払うならば、家の改修工事に必要なすべての人材を得られるだろう。
つまり、誰かが人手不足だと言うとき、その本当に意味するところはその人が支払うつもりのある賃金では人手が不足するということだ。
厳密に言えば、政治家が言うような人手不足という状態は経済学的には有り得ない。十分な対価を払えばほとんど常に人手は集まるからだ。例外は医者などの専門職で急には数を増やせないケースだが、世間で騒がれているような人手不足はそういうケースではない。
つまり、誰かが人手不足だと騒ぐとき、それは本質的には雇用者が十分な給料を支払っていないから人が集まってこないということを意味しているに過ぎない。であれば解決策は簡単である。労働の対価に見合った賃金を支払えということである。
サマーズ氏は次のように続ける。
家の補修や病院の雑務のような比較的技術を必要としない仕事で人手不足になっている場合、それは本質的には良いことだ。何故ならば、その人手不足を最終的に解決するものは賃金の上昇だからだ。
これは経済学のもっとも単純な需要と供給の原理である。労働力が不足しているならば、労働の価格は上昇してそれを支払うつもりのある雇用者にはしっかりと労働力が供給されるだろう。
人手不足は問題か?
何よりもおかしいのが、賃金上昇を目標としてきたはずの政府が人手不足を問題にしていることである。だが需要と供給の原理から言えば、人手不足がなければ賃金は上昇しない。そして人手不足は賃金上昇で解決される。それの何が悪いのか? 賃金上昇を本気で目指しているなら、それは願ってもない状態ではないのか?
ここで考えなければならないのは、本当に人手不足を嘆いているのは誰かということである。サマーズ氏は次のように述べている。
会社のトップが「人手不足だ」と言うとき、わたしはいつもこう言う。「本当に? 賃金を20%上げても人手不足になりますか?」相手はこう返すだろう。「いや、多分人は来るだろうけど高いから…」
これが人手不足という問題の重要な本質だ。
日本で言えば、人手不足を嘆く大合唱の煽り手は経団連である。例えば経団連のホームページには企業からの政策要望として人材不足の解消が挙げられている。
だがサマーズ氏の議論を転用すれば、それは単に彼らが人を雇うために必要な賃金を支払っていないだけだということになる。
結論
だから人材不足などという問題は本来存在しない。必要な金額を支払う気がないから人が来ないだけであり、事業に必要な賃金の支払いが出来ないなら、その経営者のビジネスモデルに欠陥があるというだけのことに過ぎない。
だがそれが政府に要望として寄せられ、政府が問題として取り上げ、あたかも企業が自分の思うままの値段で人を雇えなければ問題だという明らかにおかしい主張が当たり前のように「人手不足」の問題としてニュースを賑わわせている。
社会の状況を責める前に自分の経営を見直してみることである。まずは自分を首にすれば多少の資金は浮くのではないか。