インフレとその後の金利上昇によってアメリカや日本でも国債価格が下落する中、アルゼンチンではインフレがもはやどうにもならなくなったために自国通貨を廃止する破目に陥っている。
アルゼンチンのインフレと大統領選挙
どうにもタイムリーなニュースである。アルゼンチンでは大統領選挙が行われていた。10月には決選投票が行われることが決まり、11月19日に行われた決選投票でハビエル・ミレイ氏の勝利が決まった。
ミレイ氏の勝利の背景には、アルゼンチンの強烈なインフレがある。アルゼンチンのインフレ率は以下のように推移している。
143%という強烈なインフレ率だが、それよりも強烈なのはコロナ後には40%付近だったインフレ率が143%まで上がったという事実である。
40%でも十分元々高いのだが、それを100%以上押し上げたのは誰かと言えば、現職のフェルナンデス大統領である。
フェルナンデス氏は2019年の末に大統領に就任した。コロナ禍の直前である。その後コロナによる景気減速でインフレ率が一時的に下がったのは他の国と同じだが、その後も他の国と同じようにコロナ禍における緩和によってインフレ率は上昇に転じた。
フェルナンデス大統領のインフレ政策
何故コロナ禍でインフレ率が上昇に転じたかと言えば、お金がない中でフェルナンデス大統領がばら撒きをやったからである。GDPが18%も下落する中で給付金や公共料金の支払い猶予を行なった。ものの生産が激減しているのに紙幣だけはばら撒いた形で、当たり前のようにものが足りなくなりインフレになったわけである。
アルゼンチンはコロナ禍に資金難に陥り、2020年5月にはデフォルトを引き起こしている。
それでも政治家がばら撒きを止めないのは、ばら撒いた相手の票を買うためである。だが政治家は紙幣をばら撒くことで他人に何かを与えることができるだろうか。紙幣をばら撒いても人々の消費できるものの総量は変わらないので、給付金とは実際には誰かが消費するはずだったものを奪って自分が恣意的に選んだ人々に与える政策に等しい。
これは20世紀の大経済学者フリードリヒ・フォン・ハイエク氏が著書『貨幣発行自由化論』で何十年も前に言っていたことである。彼は次のように書いている。
特定の人々に自分で得たわけでも他人が放棄したわけでもないものを得る権利を与えることは、本当に窃盗と同じような犯罪である。
そして経済はインフレになる。だから給付金を受けた人々も利益を受けられたのかどうか怪しい、誰にとっても地獄行きの政策がインフレ政策なのである。
ミレイ新大統領
ミレイ氏は長らくフェルナンデス大統領のばら撒き政策を批判していた。彼はこのように言っていた。
アルベルト・フェルナンデス政権は国民に課した税金によって資金を賄う犯罪組織である。
ミレイ氏の発言は、恐らくまさにハイエク氏の『貨幣発行自由化論』に基づいている。何故ならば、ミレイ氏はハイエク氏も属するオーストリア学派の経済学者だからである。
そのミレイ氏の選挙公約の1つは、アルゼンチン経済のドル化である。つまりアルゼンチンは自国通貨であるペソを放棄しドルを代わりに自国通貨とする。
その意味するところは何か? もうどうしようもなくなったインフレの後始末である。
インフレは政府(中央銀行)が自由に紙幣を印刷できるから生じる。彼らに通貨発行権を与えていれば、自由に紙幣を刷って票田に与えるに決まっているではないか。何故そんなことも人々は分からないのか。
だからミレイ氏はアルゼンチン政府から通貨発行権を剥奪しようとしている。ドルはアメリカの通貨なので、少なくともアルゼンチンの政治家が勝手に印刷することはできない。
結論
それはまさにハイエク氏が何十年も前に主張していたことである。
それでアルゼンチンのインフレは収まるだろう。ただ、実際にミレイ氏がそれを何処まで実現できるかは不透明である。何故ならば、政治家は紙幣を刷って票田にばら撒くことを好む。そしてミレイ氏は政権を打ち立てようとしている。
つまりそれは、ミレイ氏は政権入りした時点で敵に囲まれていることを意味する。あらゆる政治家がミレイ氏に反対するだろう。国民の支持だけでは政治はできない。他国への軍事介入に反対していたトランプ氏がシリアにミサイルを打ち込まなければならなくなった時のことを思い出したい。
だがアルゼンチンの経済危機は対岸の火事だろうか? しかしアルゼンチンと同じように、国債が投げ売りされて金利が上がっている国がある。それはアメリカである。
日本でも金利を上げざるを得ない状況が続いている。
それでもハイパーインフレはアルゼンチンのような貧しい国でなければ起こらないと主張するだろうか。
そう主張する人がいるとすれば、それは正しい。しかし1つ付け加えておくならば、インフレが起こり、金利が高騰し、莫大な政府債務に対する利払いが増加することで国は貧しくなるのである。
つまり、アメリカや日本はアルゼンチンに向かう途上にあると言える。状況は徐々にアルゼンチンに近づいている。金利は上がり、債務への利払いは増えてゆく。そして国は貧しくなる。
日本がそうならないと言えるだろうか。実際に利払いは増え、日銀の緩和政策によって円安になり、アジアの旅行者からも日本は「安い国」だと思われている一方で、円安によって輸入物価が上がり国民の生活は苦しくなる一方だというのに。
日本やアメリカは間違いなくアルゼンチンの状況へと向かっている。問題は、何処で緩和を止めることができるかである。
貨幣発行自由化論