ハマス・イスラエル戦争でメッキが剥がれかけている欧米諸国のメディア戦略

パレスチナのガザ地区を支配するハマスによるイスラエル攻撃と、その後のイスラエルによるガザ攻撃で民間人に多くの死傷者が出ている。だがこう書き始めると既に報道はバイアスに囚われてしまう。何故ならば、パレスチナとイスラエルの紛争は今年の10月に突如始まったものではないからだ。

切り抜き報道とバイアス

イスラエル側は当然ながらこの戦争はハマスが始めたものだという立場に立っている。日本を含む西側諸国の政府もそれを支持している。それは10月に始まった「この戦争」に関して言えば正しい。しかしロシア・ウクライナ戦争の時にも言ったように、戦争が何もないところから突如始まることはない。突如始まったように見えるならば、単にそれまでの経緯が意図的に報じられていないだけの話である。

ロシアとウクライナの紛争を例に取ろう。一番最初の始まりは恐らくベルリンの壁崩壊だろう。この時ドイツは東ドイツが西ドイツに吸収される形で統一を果たした。ソ連はヨーロッパにおける西側と東側の境界がこれ以上東側には寄らないという欧米諸国との口約束のもとにこれに同意した。

だがその口約束は果たされなかった。その後ロシアを仮想敵国とするNATOは東側に勢力を拡大し、ロシア国境沿いのウクライナを勢力下に取り込むことが検討され始めた。大きな転換点は2014年のマイダン革命である。元々ウクライナには親露政権が立っていたが、これを欧米が支持する暴力デモ隊が追い出し、その後親米政権が打ち立てられた。現在のゼレンスキー政権はこの流れの上に成り立っている。

その後、ウクライナのゼレンスキー大統領はミュンヘン会議でブダペスト覚書の破棄を仄めかした。ブダペスト覚書とは、ウクライナが核兵器を放棄する代わりにアメリカやイギリスがウクライナの安全保障を担保するという「口約束」である。マイダン革命以降に米国の補助金漬けとなったウクライナ政権が核兵器を保有するとすれば、その矛先はロシアだろう。

その数日後にロシアはウクライナに侵攻した。これが2022年のことである。ロシアのプーチン大統領は侵攻の理由について「これ以上待ったとしても、よりわれわれに不利な形で同じことをやらなければならなくなっただろう」ということを挙げている。NATOがもはや国境まで迫って核兵器を自国に向けようとしているという事実に言及していると見られる。

ちなみにブダペスト覚書は「口約束」だったので、アメリカやイギリスには参戦の法的義務はなく、自国民を犠牲にせずウクライナに武器を供給し、念願通りウクライナ人にロシアを攻撃させている。そして日本人の多くはそれを支持している。

ウクライナ情勢における西側諸国の報道

侵攻までのロシアの判断と行動をどう考えるかは別として、ここまでが西側メディアではほとんど報道されていないウクライナ情勢の経緯である。だがこうした経緯から実際、世界各国は西側諸国とは異なりウクライナ支持一辺倒ではない。

この経緯を知った後で西側の国民がウクライナ情勢をどう判断するかは西側の国民の自由である。ちなみに筆者はウクライナ人は被害者だがウクライナ政府は加害者だと考えている。だがそれよりも問題は、彼らのほとんどがこうした経緯を知らずにウクライナ情勢に意見を持っていることである。

彼らのほとんどはマイダン革命もブダペスト覚書も知らないだろう。2022年にロシアが唐突にウクライナに侵攻した。それが西側の国民が報道によって知らされているストーリーである。だが他人が意図的に切り抜いた情報だけで判断している人間は、実質的に自分の頭の操作を他人に任せているに等しい。

ウクライナのようには行かなかったパレスチナ情勢

それでもウクライナ情勢に関してはこの切り抜き報道戦略は機能した。誰も2022年以前のウクライナの歴史など知らなかったし、ほとんどの人が2014年から2022年までの高々10年以下のウクライナ現代史さえ調べようとしなかったからである。

なので欧米諸国はハマスのイスラエル攻撃に対しても同じ戦略を取ろうとした。「先にハマスが攻撃したことが原因」ということである。だが現状を見る限り、パレスチナ情勢に関してこの戦略は上手く行っていないように見える。パレスチナとイスラエルの紛争の歴史は多くの人が知っていたからである。

特に中東諸国の反発は大きい。ヨルダンのラニア王妃は10月7日のハマスの攻撃でイスラエルの民間人が犠牲になったこと、そしてその後のイスラエルによるガザ空爆でより多くのガザ市民(その多くが子供である)が犠牲になっていることについて、次のように述べている。

10月7日の出来事で、世界は即座に明確にイスラエルの側に立ってイスラエルの自衛権を支持し、攻撃を非難しました。しかしここ数週間の出来事について世界は沈黙しています。

これだけの人的被害がありながら世界が停戦の呼びかけすらしないのは現代史で初めてのことです。

家族に銃を向けて皆殺しにすることが間違っている一方で、空爆ならば殺しても良いと言うのでしょうか? ここには明らかなダブルスタンダードがあると言いたいのです。この事実にアラブ世界は衝撃を受けています。

欧米諸国の理屈は、これはハマスが先に始めたことだというものである。しかしその切り抜き戦略から排除されている事実は、パレスチナとイスラエルの紛争はハマスが始めたものではないということだ。イスラエルは元々人口の大半がアラブ人だった土地にイギリスとアメリカの支援によってユダヤ人が建国し、その領土は月日を経て広がり、元々住んでいたアラブ人は追い出され、今ではガザを含め飛び地のような場所に、今なおパレスチナに残っているアラブ人がイスラエルに管理されながら生きている。

そしてイスラエルによる空爆は今に始まった話でも、ハマスが10月7日にイスラエルを攻撃したから始まった話でもない。パレスチナはこれまでイスラエルによって何度も空爆されている。そして今のように多くのパレスチナの子供が死ぬのも今回が初めてではない。

だがイスラエルによる空爆は欧米メディアでは大したニュースにならない。一方でハマスがイスラエルを攻撃すれば、それは世界的なニュースになる。ラニア王妃が言っているのはそういうことである。

そして欧米諸国はイスラエルがパレスチナの子供を殺そうが大した注意を払っていない。「イスラエルは国際法を守るように」と口では言うが、行動では示さずにイスラエルへの軍事支援を続けている。

それに対してカタールの首長が次のように言っている。

もうこんなことは十分だと言っているのだ。イスラエルに無条件の殺人許可証が発行されるのは不条理だ。イスラエルによる占領やガザ完全封鎖、入植などの現実が無視され続けるのも不条理だ。

カタール首長はハマスとイスラエル両方の民間人攻撃を非難しているが、同時にこうも言っている。

国際社会は、パレスチナの子供たちがまるで名無し顔無しであり、その命には考慮する価値などないかのように振る舞っている。

中東の人々の命の価値

カタール首長の言葉には中東の人々の欧米人への感情が要約されている。欧米人は、中東人の命など大したものだとは思っていない。だからイラクやリビアやシリアが原油目的で平気で戦場になる。

イラク戦争を思い出してもらいたい。当時のブッシュ大統領はイラクが大量破壊兵器を持っているという口実でイラクを侵略した。だが蓋を開けてみればイラクに大量破壊兵器などなかった。しかしそれでも欧米人にとってその程度のことは、何の理由もなく中東人を殺した程度のことは、「間違ったごめん」で済んでしまうのである。しかし本当は間違ってなどいない。彼らは故意でやっている。

ここに潜んでいるのは欧米人の修正しがたい人種差別意識である。その差別意識には日本人もしっかり対象になっているのだということだけははっきりと言っておこう。それが例えばバービーの映画を原爆のキノコ雲とコラボさせて大喜びする欧米人の感覚などにたまに顔を出すのだが、日本人はそれに気づいていない。

だが中東の人々は欧米人が自分たちの命をどのように見ているかということを嫌でも認識させられてきた。だから「もう十分だ」と言っているのである。

物事を大局的に見るためには、紛争の両側の人々の観点を理解する必要がある。そしてこうした中東の人々の観点を理解していないことは、日本の外交に致命的な失敗をもたらす可能性がある。

この状況でハマスを非難しイスラエルを非難しない日本政府の立場が、中東の国々にどのように受け止められるかを日本政府は理解していない。筆者は世界中に交友関係があるが、この件で中東の友人たちから日本政府の姿勢は残念だというコメントを多くもらっている。全くもってもっともだと思う。彼らの目には、日本がパレスチナの子供に対するイスラエルの空爆に加担しているように映っている。

弾圧しきれていない言論

だがパレスチナ情勢に関して、欧米の報道切り抜き戦略は日本政府や欧米政府が思うほどに機能していない。

欧米諸国でもドイツやフランスのような国は露骨であり、親パレスチナのデモが禁じられている。普段民主主義や言論の自由ということを声高に叫ぶ人々ほど、こういうことを平気でやる。言論弾圧をやるのであれば言論の自由を叫ぶのを止めるか、言論の自由を叫ぶ代わりに言論弾圧をやらないのか、どちらかにしてもらいたいものである。

だがそれでもデモは起きている。そしてデモ隊は警察によって弾圧されている。これは中国の話ではない。ドイツとフランスである。

アメリカではイスラエルの在り方に同意しないユダヤ人の集まりがイスラエルのガザ攻撃を非難するデモをやっている。この問題はイスラエルの問題であり、ユダヤ人の問題ではないことは明確にしておきたい。

自分たちの作り上げたイスラエルを一方的によく見せたい欧米の政治家の願望は残念ながら欧米の人々の心に届いていないようだ。それにいわば加担しているのがイスラエル政府自身の言動である。イスラエルの防衛相は自国が支配するガザ地区の全市民に対する電気やエネルギーの供給を止めるにあたって、「われわれは獣人と戦っており、そのように処理する」と言っている。皮肉なことに、こうした考え方に一番近い国は歴史上1つしかない。それはユダヤ人を弾圧した国である。そして上で書いたようにその国は今も言論弾圧をやっている。

パレスチナ情勢に関して言えば、欧米の情報統制願望は完全に崩壊している。この状況でイスラエルを一方的によく見せるのは無理がある。

そしてそれは単にイスラエルの失敗であるだけでなく、第2次世界大戦後に欧米諸国が自分に都合の良いように作った世界秩序が崩壊しつつあることを意味している。以下の記事で説明したように、このトレンドは止まることはないだろう。