アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏が、中国やインド、ブラジルなどの国々で構成されるBRICSの台頭についてBloombergのインタビューで語っている。
台頭するBRICS
BRICSは元々Goldman Sachsのジム・オニール氏がブラジル、ロシア、インド、中国の新興4カ国をまとめて紹介した時の呼び名に端を発するが、その後4カ国が実際に会議を行なったところから組織として機能するようになった。
最近では中東諸国の中でアメリカ寄りの振る舞いをしてきたサウジアラビアなどがBRICSに加盟することが決まり、2024年からの新規加盟によって加盟国の人口合計が世界人口の半分に近づく勢いを見せ話題になっている。
西洋諸国でこれが話題になっている1つの理由は、BRICSへの加盟が西洋諸国に対する不信感に根ざしているからである。
サマーズ氏はBRICSの台頭について聞かれ、次のように答えている。
今のところ、それはアメリカが失敗する兆候であるとは言えるだろう。党派を超えたアメリカの経済的な国粋主義の罪の兆候だ。
サマーズ氏はアメリカが自由貿易を主導していないことがBRICSの台頭の原因だと考えているらしい。彼はこのように続ける。
アメリカは他国との貿易協定を保つことができない。国際機関に貢献することに支持を集めることができない。
そして今でも続くその状態の根本原因を指摘するために、サマーズ氏は次のように結論する。
この問題に取り組むには、トランプ政権の主な主題だった経済的な国粋主義から遠ざからなければならない。
自由貿易の問題なのか?
確かにアメリカがあらゆる貿易協定から離脱したのはトランプ政権の時代に始まったことである。
だがBRICSの台頭はトランプ政権の時代に起こったことだろうか。それはむしろ、ウクライナ情勢後に話題になっているのではないか。
BRICSは集まって何をしているのか。例えばブラジルのルラ大統領はBRICS諸国に向けて、貿易の取引をドルではなく自国通貨で決済するよう呼びかけていた。
だが何故通貨なのか? これが単に自由貿易の問題であるならば、貿易に使われるのがアメリカドルかブラジルリラかインドルピーかは大きな問題ではないはずだ。何故ルラ大統領はドルからの離脱を呼びかけているのか。
それはウクライナ情勢後に始まった。アメリカがロシアに対して経済制裁を行なう際にドル資産を凍結し、対ロシア制裁に加わらない中立の国々にも制裁をちらつかせて対ロシア戦争への参加を強制しようとしたからである。
西側の偏向報道にさらされていないインドやブラジルのような国々では、ウクライナとそれに味方するアメリカを正義の味方のようには考えていない。むしろウクライナで2014年に起こったマイダン革命に対するアメリカとEUの介入が、2022年のロシアとウクライナの戦争の遠因になったと考えている。
自分が受けている偏向報道を偏向報道だと気付くこともできない多くの日本人には信じがたいことかもしれないが、それがロシアともアメリカとも無関係の国々の見方である。世界人口の半分以上が国連総会でロシア非難を拒否したことは、サマーズ氏自身が言及している。
BRICSの目線
BRICS加盟国の多くはウクライナ情勢を冷めた目で見ている。アメリカが他国に武器を供給し、自国民の犠牲なしに他国民を犠牲にして自分の敵を攻撃するのはいつものことである。
何故西側の人々は中東やアフリカがアメリカのために戦場になっても大して騒がなかったのに、ウクライナが戦場になれば大騒ぎするのか。イラクやリビアやアフガニスタンはウクライナ以下の価値しかなかったのか。
ニジェールで反フランスのクーデターが起こっているが、フランス人はどう天地がひっくり返れば自分が過去に植民地支配したニジェール人に好かれると思っているのか。馬鹿ではないのか。
日本人が忘れ去った西側への不信感は、インドのジャイシャンカル外相が今年1月のグローバルサウスサミットで述べた次の言葉に要約されていると言えるだろう。
われわれのほとんどは植民地支配の重荷を背負った過去があり、しかも現在の世界秩序においてさえ不平等に直面している。
西側諸国は「世界の秩序」のためと言いながら他国を犠牲にして自分の利益を追求している。これがイギリスの植民地支配から逃れたインドが西側を見る視線である。BRICSの参加者はこうした目線でG7を眺めている。そして日本人だけがそれに気づいていない。
結論
サマーズ氏はこの件でトランプ政権を非難しているが、ウクライナへの武器供給を含め他国に対する介入を進めているのは民主党のバイデン政権であり、共和党のトランプ政権ではない。共和党支持者は現在、ウクライナへの介入に反対している。
トランプ氏は新型コロナを甘く見たり、選挙結果を認めなかったりする意味のない行動によって政治的に自滅した。来年の大統領選挙に出馬するにしても、同じ過ちを繰り返す可能性は高い。それは共和党支持者にとってリスクである。
だが、トランプ氏は少なくとも公約をほぼ守った。その公約とは、アメリカが他国の政権転覆を止めるというものである。
トランプ氏が就任中に行なった他国への軍事介入はシリアの空港に対する爆撃だけだった。この時は民主党の方がシリア攻撃に積極的だったが、共和党支持者もシリア攻撃を支持したため、トランプ氏も結局は攻撃に賛成した。
だがアフガニスタンからの米軍撤退は決定された。この撤退はバイデン政権に引き継がれ、高齢のバイデン氏はアフガニスタンにうっかり高額の落とし物をしてくることになるのだが、それは別の話である。
トランプ政権における他国への介入は、ノーベル平和賞をもらいながらリビアを無茶苦茶にしたオバマ氏や、戦いたくないウクライナ国民を犠牲にしてロシアを攻撃しているバイデン氏よりはよほどましだった。それだけは確かである。
西側とは無関係の国々がBRICSに集まりつつある。民主党支持者のサマーズ氏はそれをトランプ政権のせいにしたいようだが、その理屈は成り立たないだろう。本当の原因については、サマーズ氏自身も以前の記事で認めていたではないか。