Bridgewaterのレイ・ダリオ氏が中央銀行の債務超過について警鐘を鳴らしたそばからこれである。ドイツの中央銀行であるドイツ連邦銀行は、ドイツ政府が自行に保有する預金への利払いを10月以降停止するとの決定を発表した。中央銀行の損失縮小が目的と推測される。
中央銀行の損失拡大
変な話だが、中央銀行にはお金がない。インフレ政策でインフレが起こってしまったために、世界中で利上げによって金利が上がったからである。
何故中央銀行の利上げで中央銀行が損失を被るのか。まず第一の理由は、世界で多くの中央銀行が量的緩和によって大量の証券を保有しているが、その保有証券の価格が自分の利上げによって下がっているからである。
シリコンバレー銀行は保有国債の価格下落が一因で破綻した。
だが多くの中央銀行も大量の国債を保有しており、そして自分の利下げによって国債の価格は下がっている。それが中央銀行の含み損を生んでいる。
もう1つの理由は、中央銀行内の口座に対する利払いが利上げによって増えたからである。今回のドイツ連邦銀行が食い止めたがっているのは、こちらの損失の方である。
そもそもドイツ連邦銀行の損失は以前から市場で話題になっていた。
レイ・ダリオ氏は次のように述べている。
ドイツは今や中央銀行の損失と債務超過を、政府の補填という伝統的な方法で解決すべきかどうかを議論している。
6月には、ドイツ連邦銀行が保有する債券の価格下落によって政府による損失補填が必要になる可能性についてFinancial Timesが報じ、ドイツ連邦銀行が否定する騒ぎとなっていた。
ドイツ連邦銀行はそれを否定はしたものの、今回の利払い停止で実質的にそれを認めたようなものである。
ドイツ連邦銀行の利払い停止
政府は中央銀行内に口座を持っている。それが口座であるからには通常金利が支払われる。このドイツ連邦銀行の事例ではその金利は現在3.65%となっているが、これが0%になるということである。
現状では中央銀行が政府に対して払っている利払いを停止するのだから、実質的には政府から中央銀行への資本移転が行われたも同然である。
だが結局、赤字だらけの政府の資金源は中央銀行の紙幣印刷なのだから、政府と中央銀行の間のやり取りに何の意味があるのかと思った読者がいたとすれば、それは正しい。
これが例えばドイツ連邦銀行が市中銀行への利払いを停止するとなれば大問題である。今回それがそれほどには問題にならないのは、実質的に政府と中央銀行が同じようなものだからである。
利払い停止の金融市場への影響
ではこの利払い停止は意味のないニュースなのか? それがそうでもないのが金融市場の難しいところである。
何故かと言えば、この利払い停止のニュースでドイツ国債の金利が下がったからである。
7月末時点でこの政府の口座にはおよそ540億ユーロの預金があったが、この預金への利払いが停止された場合、この口座にあった資金は金利を求めて国債市場へ向かうだろう。国債には金利が付くからである。
国債市場に資金が流れ込むことを予想した債券市場は、金利低下で反応したのである。
つまり、中央銀行から政府に対する資金移転という一見意味のなさそうな動きが、金融市場に対しては緩和として作用したのである。
よく考えれば当たり前のことである。預金口座の金利がゼロになったことで資金が国債や他の証券にシフトするというのは、通常の利下げや量的緩和の仕組みと同じである。そもそも3.65%あった金利が0%に下げられたのだから、それは利下げである。
結論
ヨーロッパはまだインフレを抑えられていない。そもそもユーロ圏は様々な国があり、ある国のインフレを抑えようとすれば別の国には過度な引き締めとなってしまうという共通通貨の致命的な問題がある。
筆者の予想では、ユーロ圏はインフレ問題を解決できない。
今回の動きが予期せぬ緩和になったことは、ユーロ圏のインフレ抑制にとってマイナスである。
一方で、中央銀行の損失によって政府にお金が無くなれば、財政赤字は拡大し国債が発行されることになる。そうなれば逆に国債の金利上昇による不況が懸念される状況になる。
ダリオ氏が指摘した中央銀行の債務超過の問題は、過度な緩和にも過度な引き締めにもなり得る、今後5年ほどの世界経済にとってパンドラの箱となる可能性がある。
特に危機が起きていない今の状態でも不測の事態を引き起こしているこの問題は、コロナ後の現金給付が物価高騰をもたらした以上の問題を次の経済危機において引き起こす可能性がある。中央銀行の動きに今後も注目したい。