アメリカの元財務長官でマクロ経済学者のラリー・サマーズ氏がBloombergのインタビューで先日発表された雇用統計にコメントし、アメリカのインフレについて語っている。
7月雇用統計へのコメント
Fed(連邦準備制度)のパウエル議長がインフレを軽視していた2021年からインフレの脅威を警告し続けてきたサマーズ氏は、今でもインフレの脅威を警告し続けている。
2021年にはインフレの脅威を警告していたものの、今ではデフレの脅威を警告している債券投資家のジェフリー・ガンドラック氏とは好対照である。
まだインフレは収まっていないと主張するサマーズ氏は、先日のアメリカ雇用統計をどのように見たか。彼は次のように述べている。
これらの数字によってインフレに対する見方を変えるべき理由はない。数字はほとんど市場予想と同じだった。実体経済は予想より弱く、インフレは予想よりやや強かった。
それは良いことではないが、どちらにしても大したニュースではない。
先日の雇用統計では、労働者に支払われた賃金の総額は減速した一方で、賃金の上昇率は高かった。
この2つの数字を「経済は弱かったがインフレは強かった」と解釈するのは重要だろう。だがいずれにしてもひと月の数字である。
アメリカのインフレはどうなるか
結局はインフレ率の今後の動向が問題になる。
今のところインフレ率は下落しているが、それは原油価格の下落による一時的なもので、インフレ率は再び上昇してゆくのか? それともガンドラック氏の言うように、9%から3%まで下落したインフレ率は、Fedの利下げがなければそのまま下方向にひたすら落ちてゆくのか。
サマーズ氏は飛行機を着陸させる例えを用いて次のように述べている。
飛行機を滑走路に着陸させているとしよう。滑走路に届かずに墜落することが心配されているが、それは起きそうもない。経済は非常に強いからだ。
また飛行機が滑走路を過ぎてしまうことが心配されている。賃金のインフレの直近月の上昇は直近四半期の上昇より早く、直近四半期の上昇は直近の1年の上昇より早い。
最新四半期の賃金インフレはおよそ4.9%だ。それはインフレ基調が2%になることと不整合であるどころか近づいてさえない。
確かにGDPや賃金の数字は強い。賃金は消費を支えており、消費はGDPの大部分を占めているからである。
だがガンドラック氏が指摘し続けているのは、賃金が遅行指標であるということである。
インフレ率が下落するとき、最初に下落するのは金融市場で取引される原油や農作物などであり、次にそれを減価とする製品のインフレが下落し、賃金が下落するのは一番最後となる。
だからサービスのインフレ率が下落を続けているにもかかわらず、賃金のインフレ率が下がっていないことは理にかなっている。以下はサービスのインフレ率である。
平均時給のインフレ率は以下の通りである。
何故か? まずサービスの需要が落ちることでサービスの価格が減速し、それを見た事業者が雇用を控えることで賃金も減速するだろうからである。
だからサービスのインフレが下を向き、賃金のインフレが上を向いているとき、信じるべきは先行指標であるサービスのインフレの方だろう。商品価格が上がらないのにコストである賃金を上げ続けることはできない。
ソフトランディングはあるか
サマーズ氏は、まだ賃金のインフレが収まっていないという理由で次のように言う。
本質的には飛行機はまだ滑走路へのソフトランディングに向かっているとは言えない。
だがそれは事実だろう。何が先行指標で何が遅行指標かという観点を更に拡張してみよう。サービスの需要が減速し、その後に賃金が減速する。賃金が減速すれば、次に減速するのはこれまで強かった消費である。
大部分が個人消費で構成されるGDPもそこでようやく減速するだろう。逆にそうならなければ、サマーズ氏の言う通りインフレが継続するだろう。
Bridgewaterのレイ・ダリオ氏は最近、ソフトランディングの可能性に言及した。
だが結局、まだ消費が減速していない理由はまだ賃金が減速していないからに過ぎない。莫大な現金給付が引き起こしたインフレが収まってから景気後退に至るまでには長い時間がかかる。スタンレー・ドラッケンミラー氏の次の発言を思い出したい。
景気後退がまだ始まっていないという事実が、ハードランディングかソフトランディングかという確率を変えることはない。
逆に賃金減速から消費減速という道筋を辿らないのであれば、インフレは収まらないだろう。そうなればアメリカは更なる利上げをして経済を冷やす必要に迫られる。結局、問題は何も解決していないのである。
サマーズ氏のインフレシナリオかガンドラック氏のデフレシナリオか、前回の記事で書いたようにあと数ヶ月の経済統計で決まる可能性が高い。
次は7月のCPI(消費者物価指数)である。引き続き経済データを報じてゆくので、楽しみにしてもらいたい。