2016年7月10日に行われた参議院選挙は自民党と公明党で過半数を占める結果となり、与党の圧勝となった。この結果が日経平均やドル円の動向にどういう影響を与えるか、株式市場、為替市場それぞれについて考えてゆきたい。
円高は止まるか?
先ずはドル円から始めたいが、結論から言えば選挙の結果が長期的にドル円に影響を与えることはない。日銀の行動は変わらないからである。日銀は元々自民党および財務省の意向を汲んで動いていたのであり、これからもそうあり続けるというだけのことである。選挙の結果によって変わったことはない。
自民党の圧勝を受けてドル円に祝儀的な買いが短期的に入るかもしれないが、投資家が日銀の更なる緩和を期待しているのであれば無駄である。何故ならば、日銀には円安を維持するために有効な政策手段は何も残されていないからである。
日銀の追加緩和にはいくつか手段があることは以下の記事で詳しく解説したが、残された手段のなかでドル円に対し効果のあるものはない。国債は既に最大限に買っており、国債以上に大量に買い入れられる円建ての資産は存在しないからである。だからマネタリーベースを拡大させて通貨安を煽る手段はない。
したがってドル円の先行きは日銀ではなく、アメリカの金融政策によって決定される。そしてアメリカの金融政策の先行きとは、以下の記事で説明した通り、利上げではなく量的緩和の再開であり、そうなればドル円は更に下落してゆくことになるだろう。
そしてドル円が振るわない以上、日経平均もまた上値は知れているが、自民党がいくつかの政策を検討しており、株式市場にも部分的に反応する銘柄はあるかもしれない。次はその辺りを検討してゆこう。
株式市場はどうなるか?
自民党圧勝を受け、安倍首相は既にアベノミクスを強化してゆく方針を表明している。景気対策のために大型補正予算を組んで財政出動を行うことや、消費増税の延期、そしてTPP法案の成立などが含まれている。
また、改憲勢力が野党を含め3分の2を上回ったことで日本の安全保障に関する状況が変わると見られ、日本の軍需株への影響も検討されるべきだろう。各政策を順に検討してゆく。
財政出動
先ず、財政出動がGDPを押し上げることに異論の余地はない。政府の支出はそのままGDPの内訳に含まれているからである。そして実際に財政出動で民間に資金がばら撒かれる以上、その資金の受け取り先となる建設業などにとっては売上の増加となる。当然株価にも反映されるだろう。
しかし日本経済にとっての問題は、財政出動が単に一時的なばら撒きで終わるのか、公共事業によって労働市場に流入する資金が消費を押し上げ、好循環を作ってゆくのかということである。個人的には残念ながらそれは怪しいと考えている。
これはマクロ経済学者にとっても興味深い社会実験である。先進国経済が長期停滞に陥っていると指摘する経済学者のラリー・サマーズ氏は、長期停滞から脱出する方法は財政政策にあると主張している。
しかしながら、日本経済の状況を個別に良く眺めてみれば、状況はそう簡単に改善しないと判断せざるを得ない要因がいくつもある。
第一の理由は日本の労働市場は完全雇用にあることである。失業率は既に限界に近いレベルで低く、働きたいと思っている労働者は既にすべて雇われている状況である。
この状況で政府が更に人を雇用しようとすれば、民間が既に雇っている労働者を公的資金で奪い取るしかない。(勿論実際に雇うのは民間だが、原資はその民間の顧客となる政府の支出である。)しかしそれは民間の需要に基づいた消費を、政府が決めた官製の需要で置き換える行為に他ならず、実体経済にとってプラスとはならない。公共投資は需要を生み出しているのではなく、民間需要を押し出しているのである。
そしてもう一つの理由は、こちらの方が大きいのだが、そもそも政府債務に頼ってきた経済成長が持続不可能になったことを長期停滞の原因とするレイ・ダリオ氏の理論である。ダリオ氏は世界最大のヘッジファンドを運用するマネージャーであり、以下の記事では、ダリオ氏が世界経済の直面している超巨大バブルを経済の素人でも解るように説明した動画を取り上げている。未読の読者には是非読んでもらいたい。
TPP法案
次はより個別の法案を見てゆきたい。TPPについては、自民党がこれまで推進してきたことは周知の通りであり、今回の参院選に勝ったことでその方向性は確実なものとなるだろう。
しかし投資家が注意すべきなのは、参加国であるアメリカにおいて、TPPが議会を通るかどうか怪しくなってきているという事実である。共和党の大統領候補であるドナルド・トランプ氏がTPPに異を唱えており、勢いに押されたヒラリー・クリントン氏もTPPに対して批判的な姿勢を取るようになっている。
したがって、日本でTPP法案の可決が確実となったから、TPP関連銘柄にとって即プラスになるとは言えないだろう。イギリスのEU離脱もあり、日本を除いた世界では反グローバリズムの気運が高まりつつある。
日本人はいつも周回遅れである。海外で失敗して大騒ぎになっている移民政策も、日本だけがこれから推進しようとしている。
だから投資家は日本だけを見るのではなく、世界的な情勢も考慮に入れてTPPを考える必要があるだろう。今ではこれほどグローバリズムに好意的なのも日本くらいである。
ちなみにいまだに詳細が公開されていないTPPだが、その目的は関税の撤廃よりも各国の安全規制の排除にあると言われており、食品に使われる薬物などの輸入規制が撤廃されることが懸念されている。
アメリカの食肉が抗生物質とホルモン剤まみれになっている現実を知っている日本人としては、TPPにはこのまま霧散してほしいものである。わたしは決してアメリカで牛肉を食べないようにしている。アメリカの食肉に関するメディアの報道をいくつか挙げておこう。
また、トランプ氏の記事で書いたように、アメリカのスーパーの野菜売り場で以下の注意書きを目にしたことがある。
これらの野菜には癌またはその他の毒性を引き起こすことで知られる化学薬品が使われています。
とんでもない表示だが、地元の消費者は一切気にしていないようであった。アメリカ人の常識はその程度のものであり、グローバル企業の利益のためだけにこのような環境が日本に輸出されれば悲惨なことになる。
日本人は海外の状況がどれほど酷く、日本の環境がどれほど恵まれているかを理解していない。日本と海外の両方を知る人間だからこそ言うのである。自民党の推進するTPPや移民政策を実行してから後悔するのでは遅いのである。
改憲は株価に影響を及ぼすか?
最後に改憲についてであるが、政治的な重要性に反して金融市場にはそれほど影響を与えないだろう。しかし三菱重工業 (TYO:7011; Google Finance)などの軍需産業株には長期的にプラスの影響を及ぼすかもしれない。ただ、同時に輸出業でもあるこれらの株にはドル円の悪影響が及んでおり、やはり日本株をこの状況で買うのは良手ではないということである。
結論
しかしながら、それでも参院選後のドル円や日本株の動きには注目したいと思う。今後の動向を眺めることで、投資家がアベノミクスへの期待をいまだどれだけ持っているのかを計測することが出来る。大勢の投資家が現在どういう考えでどういうポジションを持っているのかを可能な限り知っておくことは、市場の今後の動向を予想する上で重要となるだろう。
個人的には、参院選の勢いでドル円や日経平均が上がってくれるならば空売りの検討が出来ると期待しているのだが、2016年の相場環境を考えれば、あまり期待しすぎないのが良いのだろう。そして適正水準まで上がらないのであれば、無理に空売りをする必要もない。
アメリカの量的緩和再開からのドル暴落に賭けるのであれば、やはり金投資だけで満足しておけということだと受け取っている。これまで報告してきた通り、ソロス氏よりも先に、ほとんど底値で金を買ったのだから、欲をかいて別の投資機会まで深追いはしないことである。